マレーシアにおける投資優遇制度
2016年3月7日更新
マレーシアにおいては、1.製造業・マルチメディア事業・バイオテクノロジー産業・観光業・サービス業・農業等のうち一定の業務・製品を対象とする優遇措置、2.地域統括等の一定の機能を有する場合に認められる優遇措置、3.低開発地域等の特定の地域に関連して与えられる優遇措置等、多様な優遇措置が存在している。また、一定の優遇制度の要件を満たす場合、マレーシア特有の外資規制であるブミプトラ(マレー人及びその他の先住民)の一定割合の資本参加を要求する出資比率規制の適用除外となり外資100%で事業を進めることができる場合があるのも、マレーシアの優遇制度の特徴の1つである。
以下では、マレーシアにおける主な優遇制度のうち1.特定の事業に対するもの、2.特定の機能を有する場合に認められるもの、3.特定の地域に関連して認められるものに分類して順に紹介し、その後4.外資規制の適用が免除される優遇措置、5.その他の優遇制度について記載する。
なお、投資優遇措置は、政策変更や予算等により変更されることが少なくない分野であり、具体的に検討する場合には専門家又は所轄官庁に最新の内容を確認することが特に重要であると思われる。
- 1. 特定の事業に対する主な優遇制度
- (1) パイオニア・ステータス
- (2) 投資税額控除(Investment Tax Allowance:ITA)
- (3) 奨励事業及び奨励製品
- (i) 農業生産
- (ii) 農業生産品の加工
- (iii) ゴム製品の製造
- (iv) パーム油製品及びその派生製品の製造
- (v) 化学製品及び石油化学製品の製造
- (vi) 医薬品及び医薬関連製品の製造
- (vii) 木材製品の製造
- (viii) パルプ・紙・板紙の製造
- (ix) ケナフ麻製品の製造
- (x) 繊維及び繊維製品の製造
- (xi) 粘土製品・砂製品・その他非金属鉱物製品の製造
- (xii) 鉄鋼の製造
- (xiii) 非鉄金属及び非鉄金属製品の製造
- (xiv) 機械及び機械部品の製造
- (xv) 製造・サービスの支援
- (xvi) 電機製品・電子製品又はその部品の製造及び関連サービス
- (xvii) 専門・医療・科学・計測用の機器及びその部品の製造
- (xviii) プラスチック製品の製造
- (xix) 保護用の設備及び装置の製造
- (xx) その他関連サービス(ロジスティックスサービス、低温流通設備、環境マネジメント、産業デザインサービス等)
- (xxi) ホテル業及び観光業
- (xxii) その他
- 2. 特定の機能を有する会社に対する優遇措置
- (1) プリンシパル・ハブに対する優遇措置
- (i) マレーシアの会社法に基づき設立された会社
- (ii) 払込資本金250万リンギ(約6700万円)以上
- (iii) 年間売上が3億リンギ(約80億円)以上(物品を取扱う申請者のみの追加要件)
- (iv) マレーシア以外の最低3ヶ国において関連会社等に対してサービス提供
- (v) 最低3つの適格サービスを実施
- (vi) 最低3名の戦略的に重要な職員(月額賃金25,000 リンギ(約67万円)以上)を含む高付加価値の職員(月額賃金5,000 リンギ(約13万円)以上)最低15名の雇用
- ・ 3 年目の終わりまでに、高付加価値の職員の最低50%は、マレーシア人
- (vii) 最低年間事業支出300万リンギ(約8000万円)
- 上記に加えて、以下の要件を充足する場合は、最長5 年まで優遇措置が延長されうる。
- (viii) 雇用要件(上記(vi)):職員数20%増
- (ix) 事業支出要件(上記(vii)):事業支出額30%増
- ・ 5年間(追加の要件を満たす場合には最長10年まで延長されうる)にわたる軽減された法人税率(要件充足の程度に応じて10%、5%又は0%の3段階)の適用
- ・ 外国資本の出資比率規制の適用除外
- ・ 外国資本による土地・建物等の固定資産の取得(事業計画実施の目的に限る。)
- ・ 原材料・部品・完成品を、最終消費者への流通前の生産・再梱包・積荷の混載又は集積のために、自由工業地域(FIZ)・自由商業地域(FCZ)・保税工場(LMW)・保税倉庫に持ちこむ際の関税の免除
- ・ 事業計画に基づく外国人駐在員就労ビザ枠の確保
- ・ 外国為替管理における優遇措置
- 3. 特定の地域を対象とする優遇措置
- (1) 低開発地域に対する優遇措置
- (i) マレーシアの会社法に基づき設立された会社
- (ii) 低開発地域での業務を拡大している既存の会社又は新設会社
- (iii) 実質的な雇用創出及び地方発展に寄与する低開発地域での製造又はサービスの実施
- (iv) 財務大臣によって規定された、付加価値、地元の雇用や、管理職・技術スタッフ・監督職員の指標等の条件の順守
- ・ 以下の法人所得税の免除又は投資税額控除のいずれか。
- > 企業が法定所得を得る最初の賦課年度から最長15 年間(5年+5年+5年)の法定所得の100%についての法人所得税の免除。ただし、5年ごとに主要業績指標を達成しなければならない。
- > 10年間の適格資本的支出の100%に相当する控除枠が与えられ、各賦課年度の法人所得の100%を対象として控除することができ、未利用の控除枠は翌年以降に繰越すことができる。ただし、主要業績指標を達成しなければならない。
- ・ 製造及びサービス活動に関する開発のために用いられる土地・建物の譲渡又は賃貸に課される印紙税の免除。
- ・ 2020年12月31日までの製造及びサービス活動に関する技術指導・支援・サービス報酬又はロイヤルティに課せられる源泉税の免除。
- ・ マレーシアで生産されておらずかつ完成品の製造に直接用いられる原材料及び部品に課せられる輸入税の免除。
- ・ マレーシアで生産されておらずかつ選定されたサービス分野のための活動に直接用いられる機械及び設備に課せられる輸入税の免除。
- (2) マルチメディア・スーパー・コリドーに関する優遇措置
- ・ マルチメディア製品・サービスの供給者・開発者又は大口需要者
- ・ 相当数の知的労働者の雇用
- ・ 事業がMSCマレーシアの発展にどう貢献するかについての価値ある提案
- ・ MSC適格事業のための別法人の設立
- ・ 環境ガイドラインの順守
- ・ 10年間の法定所得の100%の免税が認められるパイオニア・ステータス、又は5年間に発生した適格資本的支出の100%に相当する投資税額控除(ITA)により、各賦課年度の法定所得の100%を控除することができる。
- ・ MSCステータスにおいて認められた事業のための外国人知的労働者の雇用
- ・ 外国資本の出資比率規制の適用除外
- ・ 外国資本による固定資産の取得(事業活動のための使用に限る。)
- ・ マルチメディア機器の輸入税の免除
- ・ 機械・設備・原材料に対する輸入税・物品税・販売税の免除
- ・ 研究開発助成金の受給資格(マレーシア資本が過半数を占める会社のみ)
- 4. 外資規制の適用が免除される優遇措置のカテゴリー
- 5. その他の外資規制
マレーシアにおける特定の事業・製品を対象とする優遇制度としては、(1)パイオニア・ステータス及び(2)投資税額控除の2つが主要なものであると思われる。その主な対象である奨励事業・奨励製品には、現在、多様な業種・製品が含まれている。(1)(2)の順に検討し、その後、両優遇措置の主要な要件である奨励事業・奨励製品について紹介する。
パイオニア・ステータスが認められた会社は、原則として生産日から5年間、所得総額から収益的支出と基本控除を差し引いた法定所得の70%についての法人税の課税が免除される。また、特定の自動車産業や国家的・戦略的なプロジェクト等については、10年間、法定所得の100%の免税が認められうる。また、パイオニア・ステータス期間内に発生した資本控除及び累積損失のうち未利用のものは、繰越して、パイオニア・ステータス期間の終了後であっても控除をすることができる。
投資税額控除を認められた会社は、原則として適格資本的支出(認可プロジェクトで使用される工場、プラント、機械、その他の設備への支出)が最初に発生した日から5年間に発生した適格資本的支出の総額の60%に相当する控除枠が与えられる。この控除枠の範囲内で毎年の法定所得の70%までを対象として控除することができ、未利用の控除枠は翌年以降に繰越すことができる。また、特定の自動車産業や国家的・戦略的なプロジェクト等については、10年間に発生した適格資本的支出の100%に相当する控除枠が与えられ、毎年の法定所得の100%までを対象として控除することができる場合がある。
なお、上述のパイオニア・ステータスと投資税額控除は、両方を同時に利用することはできないため、計画している事業の特性に応じていずれを選択するか検討することになる。操業開始後5年間(又は10年間)の所得額が大きくないと予想される場合は、法定所得を対象とするパイオニア・ステータスは法人税が免除される範囲も限定的となってしまう可能性が高い。また、認可プロジェクトに対する初期投資額が大きい場合には、この額の60%(場合によっては100%)が繰越可能な控除枠となる投資税額控除のメリットが高まると考えられる。他方で、操業開始から5年(又は10年)で支出額を大幅に上回る法定所得が期待できる場合、その期間の法定所得の70%(又は100%)の法人税免除が認められるパイオニア・ステータスの方が、大きな恩恵を享受できる可能性が高い場合が多いと思われる。
パイオニア・ステータス又は投資税額控除を申請する者は、原則としてマレーシアにおいて奨励事業又は奨励製品の製造への関与を意図している必要がある。かかる奨励事業・奨励製品の詳細は、①一般的な奨励事業・製品を定めたリストに加え、②ハイテク企業向けリスト、③小規模企業向けリスト、④機械設備・再生可能エネルギー・パーム油バイオマス等の特定の産業別のリスト、⑤再投資に関するリストにおいて公示されている。リスト①の事業分野のカテゴリーは、以下のとおりである。
また、奨励事業・奨励製品に該当しない場合であっても、①マレーシアにとって国家的かつ戦略的に重要である事業・製品や②研究開発活動等についてはパイオニア・ステータス及び投資税額控除の申請が、③技術又は職業訓練を行う企業については投資税額控除の申請が、法令上は可能とされているため、予定事業の優遇措置の利用可能性について専門家や所轄官庁に相談してみることも有益だと思われる。
2015年に新設されたプリンシパル・ハブに対する優遇措置は、従来の経営統括本部(Operational Headquarters: OHQ )、国際調達センター(International Procurement Centre: IPC)、地域配送センター(Regional Distribution Centre: RDC)に対する優遇措置に代わる制度である。
プリンシパル・ハブとは、リスク管理・意思決定・戦略的事業活動・貿易・金融・経営・人事等の重要な機能を管理・統括・支援する地域的・世界的な事業運営を行う基点としてマレーシアを利用する会社のうちマレーシア国内で設立されたものをいう。プリンシパル・ハブの承認を受けるための主な要件は以下のとおりである。
プリンシパル・ハブをの承認を取得した会社は、以下の優遇措置を受けることが出来る。
着目すべき点の1つは、プリンシパル・ハブの承認を取得した場合、上記下線部のように外資規制について一定の適用除外が認められている点である。
2015年に導入された優遇措置の1つで、従来イスカンダル・マレーシア等で進められてきた大型長期開発計画に加えて、より多くの低開発地域を優遇措置の対象に組み入れてバランスの取れた包括的地域成長を実現することを目的とした制度である。かかる優遇措置を受けるためには、以下の要件を満たす必要がある。
なお、低開発地域の内容は具体的に定められておらず、関係省庁との協議を通じて判断されるものと思われる。
低開発地域に対する優遇措置は、以下のとおりである。
申請期間は2015年1月1日から2020年12月31日までとされている。
マルチメディア・スーパー・コリドー(Multimedia Super Corridor:MSC)とは、マレーシア政府が提供する、サイバーシティ・サイバーセンターと呼ばれるマルチメディア製品・サービスを創出・流通・利用するためのIT開発の拠点である。適格基準を満たす会社等は、申請によりマレーシア政府からMSCステータスを取得することができる。会社形態の場合のMSCステータスの適格基準は、以下のとおりである。
MSCステータスを取得した者は、以下の優遇措置を受けうる。
着目すべき点の1つは、MSCステータスを取得した場合、上記下線部のように外資規制について一定の適用除外が認められている点である。なお、MSCステータスには、TIER 1、TIER 2、MSC4Startups、Incubators、Institution of Higher Learningの5種類があり、種類に応じて享受できる優遇措置の内容が異なるため内容の確認が必要である。
マレーシアでは、ブミプトラ(マレー人およびその他の先住民)の地位を向上させるための優遇策の1つとして会社へのブミプトラの一定割合の資本参加を外資参入の要件とする規制が存在している場合が少なくない。しかし、マレーシアにおいては、優遇措置の内容の1つとして、かかる外資規制の適用除外が認められる場合がある。これまで紹介した制度の中では、①プリンシパル・ハブに対する優遇措置及び②MSCに関する優遇措置において外資規制の適用除外が認められていたが、これに加えて以下の優遇措置においても同様の適用除外が認められている。
③バイオテクノロジーに関するバイオネクサス・ステータスに対する優遇措置
④イスラム金融に関してマレーシア国際イスラム金融センターから得る一定の優遇措置
⑤イスカンダル地域開発庁から得るイスカンダル開発地域(IDR)ステータスに伴う優遇措置
マレーシアの非製造業への進出を検討する場合には、業種により一定割合のブミプトラの出資という形の外資規制が課せられている場合があり、これをクリアして100%子会社の形態での進出を希望する場合には、上記の優遇措置の利用も選択肢の1つとして視野に入れるべきであろう。
上記に加え、2015年に新たに加わった優遇措置として①工業団地運営に対する優遇措置、②労働集約型産業における自動化の推進に対する優遇措置があり、また、特定の地域に関する優遇措置として③イスカンダル・マレーシア及び大型長期開発計画(コリドー計画)や④トゥン・ラザク・エクスチェンジ(Tun Razak Exchange:TRX)に対する優遇措置、特定の機能に対する優遇措置として⑤財務マネジメントセンター(Treasury Management Centre:TMC)に対する優遇措置、その他バイオテクノロジー産業・医療機器産業・船舶/輸送機器産業を対象とする優遇措置や研究開発・研修・環境マネジメント・情報通信技術に対する優遇措置等、マレーシアにおいては様々な優遇措置が準備され、頻繁に新たな制度が導入されたり変更されたりしているため、マレーシアでの予定事業に適用されうる優遇措置の有無とその内容については、専門家又は関係省庁に事前に確認することが望ましいと思われる。
以上