アラブ首長国連邦(UAE)の商事会社法改正について
2017年4月
- 概要
- 1 改正の経緯
- 2 新会社法への対応
- 3 新会社法の適用対象
- 4 会社の形態
- 5 主な変更点の解説
- (1) 会社設立上の影響
- (2) 会社運営上の影響
- (3) 投資への影響
- 6 主な改正内容の一覧表(特に重要な変更点は太字)
UAEの商事会社法が約30年ぶりに全面改正され、2015年7月1日に施行されました。本稿では旧会社法との相違点を中心にして、改正法の内容を概説します。なお、本稿内の円建ての記載は、2017年1月18日の為替レート(1ディルハム≒30円)による概算です。
周知のとおり、UAEには、アブダビ、ドバイといった発展著しい国際商業都市があり、また、2020年の国際博覧会(Expo2020)の開催地がドバイに決定したことからも、国外からの大規模な投資が期待されています。今回の新会社法制定の背景には、そのような国外からの投資促進を求める国内外の機運の高まりがありました。
そして、国内企業の健全な成長と国外投資の促進を目的として、コーポレートガバナンスの強化、少数株主の保護、企業の社会的責任(CSR)概念の導入といった観点から、会社法の全面改正が行われました。
もっとも、新会社法では、UAE国内で設立された法人に対する外資の出資比率を49%以下に制限する外資規制は維持されました。
新会社法では、施行日から2016年6月30日までの1年間に、新会社法に沿う内容に定款変更を行う等の対応を行わなければ、その会社は解散したものとみなすと規定されています。もっとも、2016年6月18日、UAE政府は、当該期限を2017年6月30日まで延長しました。旧会社法からの変更点の中には、後述のとおり最低資本金額や総会定足数の大幅な変更も含まれていますので、十分な時間的余裕をもって対応することが必要です。
新会社法は、原則として、UAE国内で設立された全ての法人に適用されます。
他方で、フリーゾーンで設立された会社については、フリーゾーン域外での活動が許可された会社に対してのみ新会社法が適用される旨が明記されました。これまでは、フリーゾーン会社は、フリーゾーン域外での活動はできないとされていましたが、今後は、一定の条件のもと、UAE国内のフリーゾーン域外においていわゆるオンショア活動が可能になるものと考えられます。
旧会社法では、7つの会社形態が規定されていましたが、新会社法では、以下の5種類に再編されました。
①有限責任会社(Limited Liability Company: LLC)
②非公開株式会社(Private Joint Stock Company: PrJS)
③公開株式会社(Public Joint Stock Company)
④合名会社(Joint Liability Company)
⑤合資会社(Simple Commandite Company)
旧法で特に活用されていたのは、①有限責任会社(LLC)、及び②非公開株式会社(PrJS)であり、新法下でもこれは変わらないものと予測されますので、LLC及びPrJSに関する変更点を中心に末尾の一覧表に整理しました。
なお、新会社法では、株式会社に関する規定がLLCに準用される旨が規定されていますが、その準用範囲が不明確でした。2016年4月29日、UAE経済省は、この準用範囲を定めたMinisterial Resolutionを発表しました。末尾の一覧表は、この内容も反映しています。
LLCは、1人の社員でも設立が可能となったため、設立がより容易になりました。他方で、PrJSは、1人の株主での設立が可能となったものの、最低資本金額が200万ディルハム(約6000万円)から500万ディルハム(約1億5000万円)に大幅に引き上げられたため、設立のハードルが上がりました。
LLCについては、社員総会の定足数が50%から75%に引き上げられたため、社員数の多い会社では、総会運営の負担が増すことになります。また、株式会社でいう取締役に相当する業務執行者(manager)の人数の上限が撤廃されたため、増員による個々の業務執行者の負担軽減が可能になりました。もっとも、コーポレートガバナンスの概念が導入され、業務執行者の競業禁止規制などが規定されたことから、経営責任はより厳格に解釈されるようになると思われます。
他方で、PrJSについては、授権資本制度の導入、資本金額を超える社債発行の許容、種類株式発行の許容、株主総会招集手続の負担軽減などによって、会社運営の柔軟化が図られました。他方で、少数株主保護制度の明文化、株主への財政的支援の禁止などによって、会社の健全化の要請もより強くなったことから、取締役をはじめとする経営陣の経営責任はより厳格になったといえます。
ホールディングカンパニーの設立、投資ファンドの設立、及び合併・組織変更の許容によって、投資の際のスキームの選択肢が増えたと評価できます。
内容 | 旧会社法 | 新会社法 |
組織形態にかかわらずに適用される規定 | ||
ホールディングカンパニーの設立 | 規定なし | LLC及び株式会社について許容 |
投資ファンドの設立 | 規定なし | 法人格を付与 |
会社商号等の登録 | 不存在 | 会社の商号等の登録が必要 |
会計記録の保管 | 規定なし | 5年間の保管義務(怠った場合には、10万ディルハム(約300万円)以下の罰金の可能性) |
合併 | 詳細な規定なし | ・合併条件等を記載した合併契約書を株主総会又は社員総会に提出して承認を受けることが必要(ホールディングカンパニーによる子会社合併は除く) ・20%以上の株式又は持分を保有する出資者は合併に反対することができ、合併承認の日から15営業日以内に会社に書面で請求することにより、出資の払戻しの請求が可能 |
組織変更 | 規定なし | 法定の条件を満たす場合には、公開株式会社からPrJSへの組織変更、及び、全ての形態の会社から公開株式会社への組織変更が認められる(ただし、反対株主及び債権者の保護手続等が法定されている) |
LLC及びPrJSに適用される規定 | ||
最低株主/社員(発起人)数 | LLC:2名 PrJS:3名 |
LLC及びPrJSのみ1人株主/社員の会社を許容 |
LLCに適用される規定 | ||
社員総会の定足数 | 会社資本の50%以上を有する社員の出席 | 会社資本の75%以上を有する社員の出席 |
持分への質権設定 | 規定なし | 許容(ただし、商業登記等の手続が必要) |
業務執行者(manager)の数 | 5名以下 | 上限撤廃 |
業務執行者の競業禁止 | 制限なし | 社員総会の承認がない限り、競業会社を経営し、又は、会社と競合する取引を行うことはできない |
PrJSに適用される規定 | ||
最低資本金額 | 200万ディルハム(約6000万円) | 500万ディルハム(1億5000万円) |
授権資本制度 | 規定なし | 発行済株式数の2倍までの発行可能株式数を定款に定めることができる |
種類株式 | 規定なし | 今後、政府により規定される下位規範に従って導入可能 |
株主に対する財政的支援の禁止 | 規定なし | PrJS及びその子会社は、株主が株式・社債等 を保有するために財政的支援を行ってはならない(LLCには準用なし) |
取締役選任の際の累積投票 | 不要 | 必要(LLCには準用なし) |
少数株主の保護 | 保護規定は若干存在していた | ・資本金額の5%を超える取引を一定の会社関係者と行うには、株主総会の承認が必要(LLCには準用なし) ・5%以上の株式を保有する株主は、株主の利益を損なう会社の行為等につき、一定の場合には、当局又は裁判所に申立を行うことができる ・特定の株主に利益をもたらし若しくはこれを害し、又は、関係者に特別の利益をもたらす等の一定の要件を満たす会社の決議は、無効となる |
株主総会の招集通知 | 開催日の21日前 | 開催日の15日前 |
臨時株主総会 | 臨時総会については、より多数の定足数を規定 | 普通株主総会と臨時株主総会の区別を撤廃 |
資本金額を超える社債の発行 | 禁止 | 許容 |
以上