アラブ首長国連邦(UAE)の紛争解決について
平成30年5月19日更新
- 概要
- 1.UAEにおける訴訟
- (1) 裁判所の体制
- (2) DIFC裁判所を利用するメリット・デメリット
- 2.UAEにおける仲裁
- (1) 根拠法と仲裁機関
- (2) 仲裁合意とDIFC裁判所への訴訟提起の関係
- 3.外国判決・外国仲裁判断のUAEにおける強制執行の可能性
- (1) 外国判決に基づく強制執行の困難性
- (2) 外国仲裁判断に基づく強制執行の傾向
今回は、常に問題となるわけではないものの、いざ問題が生じた場合に、事前に検討しているか否かで、結果に重大な差が生じる可能性の高い、UAEでの紛争解決方法全般について解説します。また、UAEは、中東及びアフリカ地域における紛争解決のハブになっており、UAEに限らず中東やアフリカで事業を展開する際には、UAEの紛争解決手段、とりわけ仲裁手続について検討しておくことは有益です。
以下では、まず、1.UAEにおける訴訟と2.UAEにおける仲裁について比較検討し、その後、3.日本を含むUAE外で訴訟・仲裁を行った場合における外国判決・外国仲裁判断がUAEにおいて強制執行が認められる可能性について解説します。
UAEは、連邦制をとる国であり、7つの各首長国の独自の法律より上位の(優先して適用される)法律として、連邦法が制定されていますが、裁判所の体制においても、連邦制、つまり、各首長国の裁判所と、その各首長国裁判所から権限を委譲された連邦裁判所が想定されています。ただし、UAE憲法において、連邦裁判所が首長国裁判所を兼ねることが認められており、7つの首長国のうち4つの首長国(アジュマン、ウンムアルカイワイン、ジャルジャ、フジャイラ)では、首長国裁判所は置かれていません。
また、UAEは、フランスやドイツと同じく、大陸法(シビル・ロー)の国であり、基本的には、成文法に基づく法の運用がなされていますが、この重要な例外として、ドバイのフリーゾーンのうちの1つであるドバイ国際金融センター(Dubai International Financial Centre、以下、「DIFC」)があります。このDIFC域内では、英米法(コモン・ロー)が採用され、同域内には、独自の裁判所(以下、「DIFC裁判所」)が置かれており、英米法に基づいた法運用がなされています。なお、従前は、かなり限定された種類の事件でしかDIFC裁判所の管轄は認められていませんでしたが、2011年の法改正(ドバイ首長国法第16号)によって、当事者の合意があれば、原則としてDIFC裁判所の管轄が認められるようになりました。
日系企業が、UAEの裁判所における訴訟ではなく、DIFC裁判所での訴訟手続を紛争解決手段として利用するメリットとしては、判例に法的拘束力があるので予測可能性が比較的高いこと、アラビア語ではなく英語で審理が行われること、処分禁止・差止め等の保全処分が認められること、二審制である(ドバイ最高裁への上告が認められない)ため早期解決が期待できること、英国人やシンガポール人が主に判事を務めるため中立性に疑義が比較的生じにくいことなどが挙げられます。
他方で、下記の仲裁手続と比較した場合のデメリットとしては、審理内容が原則として全て公開される点や(公開されるがゆえに手続の適正が保たれるのでメリットとしての側面もあります)、DIFC裁判所の判決の執行力については、例えばアブダビなどのドバイ以外の首長国においても認められるかが、いまだ未知数といえる点などが挙げられます。
UAEにおいては、民事訴訟法の中に“UAE Arbitration Chapter”と呼ばれる仲裁に関する規定が存在しています。また、2018年2月、仲裁法の法案が連邦議会で承認されました。かかる新仲裁法は、本稿作成時点では施行されておりませんが、内容としては国際連合国際取引法委員会(UNCITRAL)の国際商事仲裁モデル法に基づいているため、この施行により、UAEにおける仲裁が日系企業を含む外資系企業にとって、さらに利用し易くなることが期待されています。
UAEにある仲裁機関の主なものとしては、①DIFC域内にあるドバイ国際金融センター・ロンドン国際仲裁裁判所(以下、「DIFC-LCIA」)、②ドバイ国際仲裁センター(以下、「DIAC」)、③アブダビ商事調停仲裁センター(以下、「ADCCAC」)があります。以下では、各機関のメリット・デメリットを比較検討します。
① DIFC-LCIA(ドバイ国際金融センター・ロンドン国際仲裁裁判所)
法域が異なるDIFC-LCIAでは、既にUNCITRALが推奨する標準モデルに基づく仲裁法が制定されており、また、仲裁人の選定やコスト管理等について、ロンドン国際仲裁裁判所が監督的役割を行うため、同仲裁裁判所に慣れ親しんでいるヨーロッパ企業にとっては、信頼性の高い紛争解決手段となっています。この点は、日系企業にとても、大きなメリットの一つといえます。
② DIAC(ドバイ国際仲裁センター)
DIACは、UAE 法を準拠法とする国際取引契約において、紛争解決手段として利用されることが多い仲裁機関です。
1997年にDIAC仲裁規則が制定されており、これは、国際商業会議所国際仲裁裁判所仲裁規則(the Arbitration Rules of the ICC International Court of Arbitration)を参考に作られており、③のADCCAC に比べて、日系企業にとって、より信頼できる手続といえます。
③ ADCCAC(アブダビ商事調停仲裁センター)
ADCCACは、アブダビ首長国政府やUAEの国営企業との取引契約において、紛争解決手段として利用されることが多い仲裁機関です。
従来は、UAE独自の基準が多く、外国企業にとって利用しづらいものでしたが、2013年にADCCAC仲裁規則が新たに制定され、国際基準に準じたものになっています。もっとも、上記2つの仲裁機関に比べて、当事者の合意がない限りアラビア語を使用する必要があること、当事者と異なる国籍の仲裁人が審理することが保証されていないことなどの点で、日系企業にとっては比較的デメリットの多い仲裁機関といえます。
日本においては、仲裁合意のある契約に関して裁判所に訴訟を提起しても、訴えが却下されることが多いと思われます。これに対し、UAEでは、たとえ契約上仲裁合意が定められている場合であっても、仲裁合意における仲裁地がDIFC以外の場所とされている場合には、DIFC裁判所への訴訟提起が認められるとされていました(Injazat事件)。しかし、近時、仲裁合意における仲裁地がDIFC以外の場所とされている場合であっても、DIFC裁判所における訴訟は停止するとの判断が下されました(International Electromechanical Services事件)。
UAE外の裁判所が下した判決に基づいて、UAE国内の資産に対して強制執行を行うためには、当該外国判決の承認執行が、UAEの裁判所において認められることが必要です。その重要な要件の1つとして、当該外国判決が言い渡された国とUAEとの間に、外国判決に基づく強制執行について相互主義が採用されている必要がありますが、一般的に、この立証を当事者が行うことは難しい場合が多いと考えられます。特に、UAEと日本の間には、本稿作成時点において、外国判決の強制執行に関する協定が存在していないため、日本の裁判所が下した確定判決に基づいてUAEで強制執行を行うことは難しく、執行可能性の観点からは、紛争解決手段として日本の裁判所を紛争解決機関として契約書上指定することは望ましくないと考えられます。
UAEは、2006年、外国仲裁判断の承認および執行に関する条約(以下、「ニューヨーク条約」)の締約国となりましたので、条約上は、外国仲裁判断の相互承認及び執行が認められています。しかし、ニューヨーク条約の加盟以降においても、UAEの公序に反する等の理由に基づいて、UAEの裁判所が外国仲裁判断に基づく承認執行を認めない判断を下す余地があり、実際にも、承認執行を認めなかったケースが存在しておりますので、留意が必要です。
以上