フィリピンにおける紛争解決について
令和2年9月更新
フィリピンにおいては、主な紛争解決手段として、1.フィリピン国内の裁判所での訴訟、2.日本の裁判所の判決のフィリピンにおける承認執行、3.フィリピン国内での仲裁、4.日本での仲裁判断のフィリピンにおける承認執行の4つが考えられます。
そこで本稿では、上記4つの紛争解決手段について、その概要や、メリット及びデメリットについて簡単にご紹介します。
1. フィリピン国内の裁判所での訴訟について
フィリピンの裁判所は、最高裁判所、下級審裁判所及び特別裁判所に分かれており、このうち下級審裁判所は3つの階層に分かれています。
第1階層の下級裁判所は、各首都に所在する首都圏裁判所(Metropolitan Trial Court)、市や町に設置された地方裁判所(Municipal Trial Courts)及び地方巡回裁判所(Municipal Circuit Court)であり、比較的軽微な民事・刑事の事件を取り扱います。第2階層の下級裁判所は、地域裁判所(Regional Trial Courts)であり、自治体裁判所の管轄が及ばない全ての事件につき専属管轄権を有し、また、第1階層の下級裁判所の判決に対する上訴を取り扱います。また、第3階層は、控訴裁判所(Courts of Appeals)であり、主として地域裁判所からの控訴手続を取り扱います。
また、特別裁判所としては、公務員の汚職・不正行為について専属管轄権を有するサンディガンバヤン裁判所、イスラム教徒間の婚姻関係等の訴訟について専属管轄権を有するシャリーア裁判所、シャリーア巡回裁判所等があります。
フィリピンの裁判所を利用することのデメリットとしてまず指摘できることは、訴訟進行の遅さです。事案の内容によって大きく異なりますが、目安として、訴えの提起から第一審の判決までに3~5年、最終審の判決まで含めると7年以上かかるといわれています。フィリピンの憲法では、迅速な裁判を受ける権利を保障するとともに(憲法第3条第16節)、裁判の迅速化のため、事件が提起されてから、最高裁判所では24ヶ月以内、合議体の下級裁判所では12ヶ月以内、その他の下級裁判所では3ヶ月以内に、判決もしくは決定を下さなければならないとされていますが(同第8 条第15節)、実際はこのような期限にかかわりなく、上記のような長期の期間を要することが少なくありません。
また、フィリピンでは、裁判官及び裁判所職員の汚職が、しばしば問題とされてきており、賄賂等に起因して、外国企業側に不当に不利益な判断が下される可能性が否定できない点もデメリットとして挙げられます。
他方で、フィリピン国内の裁判所での訴訟をするメリットとしては、仲裁手続に比べて費用が低額に抑えられる可能性があることなどが挙げられます。
2. 日本の裁判所の判決のフィリピンにおける承認執行について
日本の裁判所が下した判決には、フィリピン国内における直接的な効果がありません。つまり、たとえ日本企業が日本の裁判所でフィリピンの企業と争い勝訴判決を得たとしても、日本の判決をフィリピンにおいて執行するには、まず、フィリピンの裁判所に当該外国判決の承認及び執行を請求する申立を行わなければなりません。
かかる裁判においては、外国判決の存在及び有効性が判断されるのみで、外国裁判所が行った事実認定については、原則として審理されません。執行判決を求める外国判決が対物的な判決(例:購入した商品の所有権が日本企業に帰属することを認める日本の裁判所の判決)である場合には、かかる原則に従って、当該外国判決の結論がそのままフィリピンにおいても承認されると定められています。しかし、執行判決を求める外国判決が対人的な判決(例:日本企業のフィリピン企業に対する売買代金債権を認める日本の裁判所の判決)である場合には、当該判決は、両当事者及びその権利の承継人らの間において、権利の存在を推定させる証拠の1つとして取り扱われるにとどまる点には、注意が必要です。すなわち、外国判決に異議を唱える当事者が、判決の有効性に関する推定を覆す立証責任を負いますが、反証に成功した場合には、外国判決の内容は、フィリピンにおいては承認されません。
加えて、以下の場合には、フィリピンにおける執行判決の請求は棄却されます。
- ⑴ 外国の裁判所が管轄権を欠いている場合
- ⑵ 当事者に対する適法な送達を欠いている場合
- ⑶ 通謀又は詐欺による判決である場合
- ⑷ 事実認定又は法律判断に明白な誤りがある場合
上記のとおり、日本の裁判所の判決をフィリピンの裁判所で承認執行する場合の最大のデメリットは、当該外国判決がフィリピンにおいて承認され執行することができるのか、事前に予測することが容易ではないという点です。日本において比較的簡便で公平な裁判手続を進めることができるというメリットはありますが、その先のフィリピンでの手続に不確実性が残らざるを得ません。
3. フィリピン国内での仲裁について
フィリピンにおける主な仲裁機関としては、一般的な商取引に関する紛争を扱うフィリピン紛争解決センター(Philippine Dispute Resolution Center, Inc.: PDRCI)、建設関連の紛争を取り扱う建設業仲裁委員会(Construction Industry Arbitration Commission: CIAC)及び2019年に創設されたPhilippine International Center for Conflict Resolution: PICCRがあります。
フィリピンにおける仲裁手続を定める主な法令は、Alternative Dispute Resolution Act of 2004(RA9285)及びUNICITRAL Model Lawです。これに加えて、各仲裁機関に特有の規則等(PDRCIの場合は、PDRCI Arbitration Rules等)が適用されることになります。
仲裁手続を利用する場合、紛争当事者は、原則として、⑴仲裁機関、⑵準拠法、⑶仲裁手続が行われる場所、⑷仲裁手続で用いる言語、⑸仲裁人を、合意により定めることができます。
また、フィリピンにおいて仲裁を行う場合、紛争当事者が仲裁手続により紛争を解決することについて、契約書等の書面で合意していることが必要です。
一般的な仲裁手続の流れは、例えば、PDRCIにおける仲裁の場合、当事者がPDRCIに対し、仲裁合意が記載された書面等を添付書類として仲裁の申立てを行い、当事者間の合意又はPDRCIの規則において定められた方法により仲裁人が定められ、審議が行われた後に仲裁人が裁定を下します。仲裁人が下した裁定は、当該紛争についての終局的な判断であり、両当事者を法的に拘束し、原則として裁判手続においてもこれを覆すことはできません。仮に、仲裁判断に一方当事者が従わない場合には、フィリピンの裁判所に申立てを行い、フィリピンにおいて執行をすることができます。
フィリピン国内における裁判手続が、前述のとおり、長期間を要することが少なくなく、また、公平な判断が期待できない場合があることから、フィリピンにおける仲裁手続には、主として、①仲裁手続で下された仲裁判断は最終判断であり、限定的な事由でしか争うことができないことから、訴訟よりも短期間に紛争が解決される可能性が高いこと、②判断を行う仲裁人の独立・公平を確保し得ること、③審理・判断の秘密性を確保できることをメリットとして挙げることができます。
他方で、仲裁によることのデメリットとしては、訴訟よりも費用がかかる可能性がある点です。近時は、仲裁人に対する報酬が高騰する傾向にあり、加えて、紛争における金額の大きさ等に応じた手数料を支払う必要があるため、訴訟よりも費用が多くかかる可能性があります。
4. 日本での仲裁判断のフィリピンにおける承認執行について
フィリピンは、外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約であるニューヨーク条約の加盟国です。この条約の加盟国には、他の締結国で下された仲裁判断の拘束力を承認し、その仲裁判断を、自国の仲裁法及び仲裁規則に記載された一定の条件に従って、国内の仲裁判断と同様に、執行する義務があります。よって、同じくニューヨーク条約の加盟国である日本で下された仲裁判断は、フィリピンでも拘束力が認められ、執行することができます。
フィリピンの裁判所における、外国仲裁判断の承認執行手続においては、フィリピンの裁判所は、原則として、フィリピンにおいて外国仲裁判断を承認し、執行する義務を負います。ただし、以下のいずれかの事由が認められる場合には、外国仲裁判断の承認執行を拒絶することができます。
- ⑴ 仲裁合意の当事者が無能力者であったこと、又は、仲裁合意が法律上無効であること
- ⑵ 仲裁判断を不利益に援用される当事者が、仲裁人の選定若しくは仲裁手続について適当な通告を受けなかったこと又はその他の理由により防禦することが不可能であったこと。
- ⑶ 仲裁判断が、仲裁の対象となっていない紛争に関するものであること又は仲裁の範囲を超えること
- ⑷ 仲裁機関の構成又は仲裁手続が、当事者の合意に従っていなかったこと、又は、仲裁が行なわれた国の法令に従っていなかったこと。
- ⑸ 仲裁判断が、まだ当事者を拘束するものとなるに至っていないこと又は、その判断がされた国若しくはその判断の基礎となった法令の属する国の権限のある機関により、取り消されたか若しくは停止されたこと
- ⑹ 紛争の対象である事項がフィリピンの法令により仲裁による解決が不可能なものであること
- ⑺ 仲裁判断の承認及び執行が、フィリピンのその国の公の秩序に反すること
このうち、⑺「公序」要件の解釈として、フィリピンの近時の裁判例は、その意味を狭く、限定的に解釈する判断をしており、単なる事実認定上の誤り又は法解釈の誤りでは、「公序」の要件を充たさないと考えられますので、外国仲裁判断の拒絶事由は、限定的であると言えます。
日本で取得した仲裁判断をフィリピンにおいて承認執行することのメリットとしては、仲裁手続のメリットである上記3のメリットに加え、日本での仲裁判断を仰ぐことができることから日本企業にとって申立て・手続の進行を、比較的簡便に進めることができる点が挙げられます。また、相手方がフィリピン企業の場合、日本あるいは第三国での仲裁を選択した方が、フィリピンでの仲裁を選択した場合よりも、相手方にとって仲裁申立てに対するハードルが高く、安易に仲裁申立てをしてこないようにするという効果も期待できます。
他方で、デメリットとしては、3と同様に、近時は、仲裁人に対する報酬が高騰する傾向にあり、訴訟と比べて費用がかさんでしまう可能性がある点です。
以上