カンボジアにおける紛争解決

2016年12月5日更新

 日系企業がカンボジアに進出した場合、現地パートナーとの間の紛争やローカル従業員との間の紛争等、様々な紛争に巻き込まれる可能性がある。かかる紛争は、どのような制度を利用して解決するのが良いであろうか。本稿では、下記1.~4.の紛争解決方法の概要について順に検討する。

 1. カンボジア国内の裁判所への訴訟提起

 2. カンボジア国外の裁判所が下した判決のカンボジア国内での承認・執行

 3. カンボジア国内の仲裁機関による仲裁

 4. カンボジア国外で下された仲裁判断のカンボジア国内での承認・執行

  1. 1. カンボジア国内の裁判所への訴訟提起
  2.  カンボジア国内で生じた紛争に巻き込まれた外国人及び外国企業は、カンボジア国内の裁判所に訴訟を提起することが可能である。

     カンボジアの裁判所は、主として、第一審である①始審裁判所、及び上級裁判所である②控訴裁判所及び③最高裁判所から構成され、原則として三審制が採られている。カンボジアにおける商事紛争で最も頻繁に利用されているプノンペン市裁判所は、①に含まれる。

     カンボジアの裁判所における民事訴訟第一審の手続の概略は以下のとおりである 。

     カンボジアにおける民事訴訟第一審手続は、原告が、管轄権を有する裁判所に訴状を提出することにより開始する。当該事件を担当する裁判官は、訴状に必要的記載事項が記載されているか、及び原告が訴えを提起するのに必要な申立手数料を納付しているかを審査する。訴状が適式であり受理された場合、被告に訴状が送達される。また、裁判所は、訴えの提起の日から30日以内の日を第1回弁論準備手続期日として指定し、原告・被告を呼び出す。

     弁論準備手続では、口頭弁論において集中的な審理を行うために、当事者の主張を整理し、事件の争点を明らかにし、争点に関する証拠が整理される。弁論準備手続は、原則として非公開で行われる。また、弁論準備手続においては、原則として、最初に和解が試みられる。争点及び証拠の整理が完了して弁論準備手続を終了するときは、その後の証拠調べ手続において証明すべき事実が、当事者・裁判所間で確認され、裁判所は、口頭弁論期日を指定し、当事者を呼び出す。弁論準備手続の終結後は、原則として新たな攻撃防御方法を提出することはできなくなるため、注意が必要である。

     口頭弁論は、公開法廷で行われる。口頭弁論においては、当事者が弁論準備手続の結果を陳述し、原則として当事者の証拠の申出に基づいて証拠調べが行われる。 証拠調べの方法としては、証人尋問・当事者尋問・鑑定・検証等が定められている。また、あらかじめ証拠調べをしておかなければその証拠を使用することが困難となる事情がある場合には、訴え提起前であっても、証拠保全を申し立てることができる。裁判所は、当事者に対して、証拠調べに立ち会う機会を保障する。裁判所は、口頭弁論を終結する前に、各当事者の最終弁論を認めることができる。

     裁判所は、当事者による弁論及び証拠調べが終わり、審理が完了したときは、口頭弁論を終結して、原則として、口頭弁論の終結の日から1ヶ月以内の日を、判決言渡期日として指定する。裁判所は、口頭弁論において提出された訴訟資料に基づいて判決書を作成し、判決言渡期日において判決を言い渡す。

     以上が、カンボジアの裁判所における民事訴訟第一審の手続の概略である。

     カンボジアの裁判所の判決は原則として公表されておらず、また、先例があまり参考にならず裁判所の判断の予測可能性が低いことが指摘されている。加えて、上記のプノンペン市裁判所を含む多くの裁判所では人員の不足や処理案件の過大な負担も指摘されているところであり、本稿執筆現在においては、訴訟手続が長期化するリスクが少なからずあると考えられる。また、現地の弁護士等の法曹関係者からの聞き取りによると、カンボジアの裁判所においては汚職が存在しているようであり、常に公平な判断が下されるとは言い難い状況にあるといえよう。

  3. 2.  カンボジア国外の裁判所が下した判決のカンボジア国内での承認・執行
  4.  カンボジア国内で生じた紛争に巻き込まれた外国人及び外国企業が、カンボジア国外の裁判所に訴訟を提起して判決を取得した後に、かかる判決についてカンボジアの裁判所から承認を受けてカンボジア国内で執行するという法的手続が(その実効性は別として)存在している。

     日本を含むカンボジア国外の裁判所が下した確定判決(以下「外国判決」という。)を、カンボジア国内において執行するためには、カンボジアの裁判所において当該外国判決が承認される必要がある。承認に必要な4要件は、日本の民事訴訟法118条各号と類似しており、その内容は、以下のとおりである。

     (i) 法律又はカンボジア王国が締約国である条約により外国裁判所の裁判権が認められること

     (ii) 敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出若しくは命令の送達を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと

     (iii) 判決の内容及び訴訟手続がカンボジアにおける公の秩序又は善良な風俗に反しないこと

     (iv) カンボジアと外国との間に相互の保証があること

     また、かかる 外国判決に基づいて、カンボジア国内の財産を対象として強制執行をするためには、カンボジアの裁判所の執行判決を得る必要がある。

     かかる外国判決の承認執行の制度は、法律上存在しているものの、本稿執筆段階では、実務的には利用が進んでいないため、外国企業にとって、カンボジア国外の裁判所で判決を取得するという方法が最善の選択肢となる場合は限られると思われる。

  5. 3. カンボジア国内での商事仲裁
  6.  カンボジア国内における商事仲裁の手続は、商事仲裁に関する法律(2006年3月6日、法第NS/KRM/0506/010号。以下「商事仲裁法」という。)に規定されている。商事仲裁法に基づく仲裁を行う機関は、主としてカンボジア国立商事仲裁センター(National Commercial Arbitration Centre:NCAC)である。以下の手続及び規律は、2014年7月11日版のNCACの仲裁規則に基づき記載している。

  7. (1) 仲裁手続の開始
  8.  仲裁による紛争解決を望む当事者は、定められた事項を記載した申立書を、NCACの事務総局に提出する。当事者間で合意した仲裁手続で使用する言語にかかわらず、申立書は、クメール語又は英語に翻訳されなければならない。

     NCACの事務総局は、申立書を確認し、不備がない場合には、当事者に対して、当該申立書についての通知を発する。当事者間に別段の合意がない限り、かかる通知を被申立人が受領した日に、当該紛争に関する仲裁手続は開始する。かかる通知を受領した日から15日以内に、被申立人は答弁書を提出しなければならない。答弁書についても、当事者間で合意した仲裁手続で使用する言語にかかわらず、クメール語又は英語に翻訳されなければならない。

  9. (2) 仲裁廷の構成
  10.  仲裁廷は、奇数名の仲裁人で構成されなければならず、当事者が合意をしない場合には、3人の仲裁人により構成される。仲裁人として選任される者は、以下のいずれかの要件を満たしている必要がある。

     (i) NCACに登録されている仲裁人

     (ii) 国内又は国際商事仲裁機関において、商事仲裁人として業務に従事し又は登録された者

     当事者は、仲裁人の選任手続について合意をすることができる。ただし、当事者が合意した期間内、又は、当事者が期間に合意をしていない場合には申立書についての通知を受領した日から30日以内に、選任されない場合には、NCACの仲裁規則の定めに従って選任される。

     仲裁人の選任は、NCACの事務総局に通知されなければならない。全ての仲裁人が選任された場合は、NCACの事務総局は、直ちに当事者に対して、仲裁廷が構成された旨を通知し、当該仲裁人の氏名及び連絡先を知らせなければならない。

  11. (3) 仲裁手続
  12.  仲裁廷は、その後の仲裁手続の計画を立て、最適で費用効率の良い手続を検討するために、可能な限り速やかに、当事者と共に準備的会議を開催することができる。仲裁廷は、準備的会議の前又はその会議中に、和解による紛争解決が可能かどうか、当事者と協議をしなければならない。

     当事者が審理手続の方法について合意をしていない場合には、仲裁廷は、口頭審理を行うか、書面その他の資料のみを基礎として仲裁手続を進めるか、を決定する。ただし、一方当事者からの要求がある場合には、仲裁廷は、仲裁手続の適切な段階において口頭審理を実施しなければならない。

     仲裁廷は、審理の日時・場所・方法を定め、少なくとも15日以上前に、当事者に通知しなければならない。また、仲裁廷は、審理の日の15日以上前までに、争点・質問リストを当事者に送付することができる。全ての審理手続は、当事者が別段の合意をしない限り、非公開で行われる。当事者は、全ての審理に出席する資格が与えられる。当事者が、十分な理由なく、口頭審理に出頭することを怠った場合、仲裁廷は、仲裁手続を進行し、提出された証拠を根拠として、仲裁判断を下すことができる。

     仲裁廷が関連性を有し重要な証拠を当事者がこれ以上提出しないと判断した場合、当事者との協議の後、仲裁手続の終結を宣言する。

  13. (4) 暫定的措置
  14.  仲裁廷は、終局的な仲裁判断を下す前であればいつでも、一方当事者の要求により、暫定的措置を付与することができる。暫定的措置とは、必要かつ緊急の措置で、当該仲裁の本案についての最終判断に影響しないものをいい、以下の措置が含まれる。

     (i) 紛争状態の現状維持又は原状回復のための命令

     (ii) 現在若しくは差し迫った危害、又は、仲裁手続に対して不利益を引き起こす可能性のある行為を回避するための措置

     (iii) その後の仲裁判断において認容される可能性のある資産の保全手段

     (iv) 紛争の解決に関連する重要な証拠の保存

  15. (5) 仲裁判断
  16.  仲裁判断は、原則として、仲裁人の過半数により行われる。仲裁廷は、仲裁判断を下す前に、その草稿をNCACの事務総局に対して精査のために提出しなければならない。かかる草稿の提出は、原則として、仲裁手続の終結が宣言された日から45日以内である。NCACの事務総局は、草稿を受け取ってから30日以内に内容を精査して、仲裁判断の形式等につき必要な修正を提案するが、仲裁廷は、かかる提案を受け入れるか否かを自身で判断する。

     仲裁廷が、要件を満たす仲裁判断を下した場合、NCACの事務総局は、遅滞なくNCACの印を押し、当事者に送達する。仲裁判断は、原則として、それが下された押印の日において終局的な法的拘束力を有する。

  17. (6) 仲裁判断の取消
  18.  仲裁判断が以下のいずれかの取消事由に該当する場合、当事者は、仲裁判断を受領した日等から30日以内に、カンボジアの控訴裁判所又は最高裁判所に対して、仲裁判断の取消しを申立てることができる。

     (i) 仲裁合意の当事者が無能力であったこと、またはその仲裁合意が当事者が指定した法令により若しくはその指定がない場合はカンボジア法により無効であること

     (ii) 申立人が、仲裁人の選任または仲裁手続に関し、適切な通知を受けなかったことまたはその他の理由により防御することが不可能であったこと

     (iii) 仲裁判断が仲裁合意に定められていない紛争若しくは合意条項の範囲内にない紛争に関するものであること、または仲裁合意の範囲を超える事項に関する判断を含んでいること。この場合、仲裁合意事項に対する判断が合意されていない事項に対する判断から分離可能なときは、合意されていない事項に対する判断の部分のみを取り消すことができる。

     (iv) 仲裁廷の構成または仲裁手続が、仲裁法で許容される範囲での仲裁合意若しくは仲裁法に従っていなかったこと

     (v) 紛争の対象事項が、カンボジア法の下では仲裁により解決することができないこと

     (vi) 仲裁判断の承認が、カンボジアの公の秩序に反すること

  19. (7) 仲裁判断の承認執行
  20.  仲裁判断に基づいて、カンボジア国内の相手方の財産に対して執行を行うためには、当事者は、控訴裁判所に対して、仲裁判断の承認・執行の申立てをしなければならない。控訴裁判所は、限定的な理由に基づいてのみ、承認・執行を拒否することができる。控訴裁判所の決定に不服のある当事者は、15日以内に最高裁判所に不服を申し立てることができる。かかる最高裁判所の判断は、終局的なものとなる。

  21. (8) NCACによる仲裁の利用可能性
  22.  NCACは、2014年7月に初めて自身の仲裁規則を採択し、2015年5月に最初の仲裁案件であるプノンペン市内の工場建物のリース契約をめぐる紛争に関する仲裁申立てを受理したばかりであり、組織として仲裁案件を取り扱った経験が十分であるとは言い難い。そのため、実務的には、外国人投資家が、積極的にカンボジア国内の仲裁手続を契約書において紛争解決方法として定めることは、現時点まではそれほど多くなかったと思われる。

  23. 4.  カンボジア国外で下された仲裁判断のカンボジア国内での承認・執行
  24.  カンボジアは、外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(以下「ニューヨーク条約」という。) に加盟しているため、日本を含むニューヨーク条約の締約国である他の国において下された仲裁判断に基づいて、カンボジア国内において債務者の財産に対して強制執行をすることが認められうる。

  25.  (1) カンボジアにおける外国仲裁判断の承認・執行手続
  26.  仲裁判断に基づいて強制執行をするには、内国仲裁判断であると外国仲裁判断であるとを問わず、裁判所の執行決定を得なければならない。

     外国仲裁判断についての執行決定を求める申立ては、控訴裁判所に対して行う。

     執行決定の手続においては、裁判所は、以下の(a)(b)の場合を除き、仲裁判断の当否を調査しない。

    1. (a) 裁判所は、仲裁判断が不利益に援用される当事者が次に掲げる事実を証明したときは、仲裁判断の執行を拒むことができる。
    2.  (i) 仲裁契約の当事者が無能力であったこと又はその仲裁契約が両当事者がその準拠法として指定した法令により若しくはその指定がなかったときは判断がなされた国の法令により無効であったこと

       (ii) 仲裁判断が不利益に援用される当事者が仲裁人の選定若しくは仲裁手続について適当な告知を受けなかったこと又はその他の理由により防御することが不可能であったこと

       (iii) 仲裁判断が仲裁付託の条項に定められていない紛争若しくはその条項の範囲内にない紛争に関するものであること又は仲裁に付託された事項の範囲をこえる事項に関する判断を含むこと

       (iv) 仲裁廷の構成又は仲裁手続が当事者の合意に従っていなかったこと又はそのような合意がないときは仲裁が行われた国の法令に従っていなかったこと

       (v) 仲裁判断が未だ当事者を拘束するものとなるに至っていないこと又はその判断がされた国若しくはその判断の基礎となった法令の属する国の裁判所により取消され若しくは停止されたこと

    3. (b) 裁判所は,次に掲げる事実を認めるときは、仲裁判断の執行を拒むことができる。
    4.  (i) 紛争の対象事項が仲裁により解決することができないものであること

       (ii) 仲裁判断の承認又は執行が公の秩序に反すること

       これらの執行決定手続は、原則として、カンボジア国内で下された仲裁判断に必要な手続と同じ内容が規定されている。

  27. (2) カンボジアにおける外国仲裁判断の承認・執行を認めた裁判例
  28.  2014年以前は、外国仲裁判断のカンボジアにおける執行を認めた裁判例は存在していなかったと思われるが、2014年3月、カンボジアの最高裁判所は、大韓商事仲裁院(Korean Commercial Arbitration Board:KCAB)が下した仲裁判断のカンボジアにおける執行を認める控訴裁判所の判断を是認した。かかる仲裁判断は、プノンペン市における大規模施設の開発プロジェクトに関する契約当事者間の商事紛争に対して下されたものである。2012年3月、この仲裁判断の執行を求める当事者が、カンボジアの控訴裁判所に提訴していたが、2013年4月、控訴裁判所はかかる仲裁判断を承認し、その執行を認める判断を下していた。

     カンボジアに投資をしている外国人投資家は、その事業に関する重要な契約書においては、紛争解決方法として、シンガポールのSIAC(Singapore International Arbitration Centre:シンガポール国際仲裁センター)や香港のHKIAC(Hong Kong International Arbitration Centre:香港国際仲裁センター)における国際仲裁を選択する場合が、これまでのところ多かったのではないかと思われる。上記の裁判例により、カンボジアにおいて外国仲裁判断が執行されうることが判例上も明確になったことにより、国際的な仲裁機関の活用に弾みがつくものと思われる。

以上