カンボジアにおける相続法制について

令和3年5月更新

 カンボジア王国における相続法制の中心部分は、2007年に公布された民法(以下「カンボジア民法」といいます。)第8編(1145条~1304条)に定められています。この民法典は、1999年から開始した日本の法整備支援を受けて起草されたため、相続の限定承認・放棄や、法定相続人の範囲など、カンボジアの相続法は、日本の相続法と類似している点が少なくありません。他方で、相続人が外国人である場合の例外規定など日本の相続法には存在していない規定や、日本とは異なる内容の規定も少なくないため、留意が必要です。

 カンボジアにおける相続は、大きく分けて、①法律に規定による相続(法定相続)と、②被相続人の意思に基づいてなされる相続(遺言相続)の2種類があります。後者については、次稿「カンボジアにおける遺言制度」で取り上げる予定ですので、本稿では、カンボジア相続法制のうち、前者及び両者に関する、包括承継主義、法定相続人の範囲、法定相続分、相続の承認及び放棄、相続財産の管理、遺産分割について解説します。

1.包括承継主義

 相続により財産を承継する法制については、①包括承継主義(相続開始時に、被相続人の積極財産及び債務等の消極財産の全てを、相続人が包括的に承継する制度)と、②管理清算主義(相続開始によって被相続人の財産の清算が行われ、債権債務関係を処理した後に残余財産があれば相続人にこれを分配する制度)の2つに大別されますが、カンボジア民法は、相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利を承継すると定めており、包括承継主義が採用されています。ただし、被相続人の財産のうち一身に専属したものは、承継の対象からは除かれます。

 また、相続人が複数あるときは、各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継取得します。ただし、権利義務の性質上、分割することができないものは、不可分のまま相続されます。また、相続財産は、共同相続人の共有となります。

2.法定相続人の範囲

 被相続人の血族のうち、法定相続人となる者の範囲及び順位は、以下のとおりです。

  • 第1順位:子
  • 第2順位:直系尊属
  • 第3順位:兄弟姉妹

 これに加えて、配偶者は、常に相続人となります。配偶者が相続人となる場合で、上記第1~3順位の相続人がいるときは、配偶者はその者と同順位となります。

 また、上記の第1順位及び第3順位の相続人については、代襲相続が認められています。すなわち、相続開始前に、被相続人の子及びその直系卑属並びに被相続人の兄弟姉妹が、死亡したとき、又は相続欠格・排除により相続権を失ったときは、その者の子が相続人となります。

3.法定相続分

 同順位の相続人が複数いる場合は、原則として同等の相続分を有します。ただし、親等の異なる直系尊属は、近い者のみが相続人となり、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方を同じくする兄弟姉妹の2分の1となります。

 また、配偶者と配偶者以外の者が相続人となる場合、それぞれの相続分は、以下のとおりとなります。

  • 配偶者と直系卑属:配偶者と各子の相続分は、均等となります。具体的には、妻と3人の子が相続人となる場合、妻・3人の子がそれぞれ4分の1の相続分を有することになります。
  • 配偶者と父母:配偶者の相続分は3分の1、父母は3分の2となります。具体的には、妻と夫の両親が相続人となる場合、妻・父・母がそれぞれ3分の1の相続分を有することになります。ただし、父母の一方しか生存していないときは、相続分は均等となります。
  • 配偶者と父母以外の直系尊属、兄弟姉妹、兄弟姉妹の代襲者:配偶者の相続分は2分の1、その他の者の相続分は2分の1となります。具体的には、妻と夫の兄弟2人が相続人となる場合、妻が2分の1、兄及び弟がそれぞれ4分の1の相続分を有することになります。

 また、代襲相続によって相続人となる者の相続分は、被代襲者の相続分と同一です。当該代襲相続において代襲相続人が複数存在する場合には、被代襲者の相続分を均分して相続します。

4.相続の承認及び放棄

 カンボジアにおける相続は、被相続人の死亡によって開始しますが、相続人は、原則として相続開始を知ったときから3か月以内に、相続の単純承認、限定承認又は放棄をしなければなりません(以下、当該期間を「承認・放棄の期間」といいます。)。

 相続人は、以下の場合には、単純承認をしたとみなされます。

  • 相続財産の全部又は一部を処分したとき
  • 承認・放棄の期間内に限定承認又は放棄をしなかったとき
  • 相続人が相続を放棄したにもかかわらず、相続財産の全部もしくは一部を隠匿し、又は私にこれを消費したとき

 限定承認をしようとする相続人は、承認・放棄の期間内に、財産目録を作成してカンボジアの裁判所に提出し、限定承認をする旨を申立てる必要があります。限定承認をした相続人に対しては、相続債権者は、その固有財産に対して責任追及をすることができなくなります。

 また、相続放棄をしようとする相続人は、その旨をカンボジアの裁判所に申立てる必要があります。相続放棄をした者は、当該相続に関して、初めから相続人とならなかったものとみなされます。

 被相続人の債権者は、承認・放棄の期間が経過するまでは、相続人の固有財産についてその権利を行うことはできません。また、相続人の債権者は、承認・放棄の期間が経過するまでは、相続財産に対して権利行使をすることができません。

5.相続財産の管理及び分割

⑴ 相続財産の管理

 被相続人の死亡の時に相続財産を占有している相続人は、遺産が分割されるまでの間、相続財産の保管及び管理をする義務があります。ただし、遺言執行者が就職したときは、当該遺言執行者が、原則として相続財産を管理します。

 相続財産全体を管理する遺言執行者がいないときは、相続人、受遺者又は被相続人の債権者は、カンボジアの裁判所に対し、遺産分割までの間、相続財産を管理する臨時の遺産管理人の選任を申立てることができます。

 相続財産に関する費用は、相続財産から支弁されます。ただし、相続人の過失によって生じた費用は、当該相続人の負担となります。

⑵ 遺産分割

 共同相続人は、相続開始から1か月経過した後、遺産分割のための協議を開始することができます。ただし、被相続人が遺言で遺産分割を禁止したときは、その禁止の期間内は、遺産分割をすることはできません。

 遺産分割は、遺言で分割の方法が指定されていない場合、遺産の種類、性質、各共同相続人の年齢、職業、心身の状態、生活の状況、その他一切の事情を考慮して行います。分割によって遺産の価値を著しく損なう場合、相当と認められるときは、共同相続人は、協議により、他の共同相続人に対して調整金を支払うことを条件として、当該遺産を一人の共同相続人に帰属すさせることができます(遺産分割の基準)。

 また、被相続人に債務があるときは、共同相続人は、当該債務を弁済すべきこと、及び、当該債務の負担割合は債権者の承諾がない限り変更できないことを考慮して、遺産分割をしなければなりません(相続債務等の弁済)。

 相続人となった配偶者は、婚姻中に取得した被相続人との共有財産については、その相続分に達するまで、当該相続財産に関する被相続人の共有持分につき、遺産分割において、他の共同相続人に優先して取得することができます(配偶者の優先権)。

⑶ 裁判所による遺産分割

 遺産の分割について、共同相続人間に協議が整わないとき、又は、協議をすることができないときは、各共同相続人は、その遺産分割を、カンボジアの裁判所に申し出ることができます。

 裁判所は、遺産分割を行うにあたり、上記⑵の遺産分割の基準、相続債務等の弁済、配偶者の優先権に加え、地方の慣習や共同相続人の過半数の意見も斟酌しなければなりません。

 また、裁判所は、共同相続人間で分割又は帰属について合意に達することができない財産については、当該財産を売却して、その価額を分割することができます。

⑷ 遺産分割が成立した後の法律関係

 遺産分割は、相続開始の時に遡ってその効力を生じます。ただし、既に登記手続を行い、又は、対抗要件を具備した第三者の権利を害することはできません。

 遺産分割において被相続人が有していた債権を法定相続分以外の割合で分割したときは、共同相続人全員が債務者にその旨を通知し、又は、遺産分割が公正証書によりなされたときは当該証書を示し若しくはその写しを交付しなければ、債務者に対抗することができません。被相続人の債務者は、上述の通知を受ける前に共同相続人に対し法定相続分の割合に従ってした弁済を、遺産分割により債権を取得した共同相続人に対して対抗することができます。

 相続人及び遺産管理人は、遺産分割の結果として相続財産の名義を変更する場合、上述の相続の承認・放棄の期間が経過するまでは、原則として、相続財産の名義を相続人又は受遺者に変更することはできません。ただし、被相続人の債務を弁済する必要がある場合には、相続の承認・放棄の期間の経過前であっても、相続財産の名義変更が認められます。

以上