ラオスにおける紛争解決
2016年8月8日更新
日系企業がラオスに進出した場合、現地パートナーとの間の紛争やローカル従業員との間の紛争等、様々な紛争に巻き込まれる可能性がある。かかる紛争は、どのような制度を利用して解決するのが良いであろうか。本稿では、下記1.~4.の紛争解決方法の概要について順に検討する。
1. ラオス国内の人民裁判所への訴訟提起
2. ラオス国外の裁判所が下した判決のラオス国内での承認・執行
3. ラオス国内での経済紛争解決機関による調停・仲裁
4. ラオス国外で下された仲裁判断のラオス国内での承認・執行
なお、ラオス国内における裁判外紛争解決制度としては、本稿3.で扱う経済紛争解決機関による調停・仲裁の他、(1) 投資促進管理委員会に対する苦情申立制度、(2) 知的財産紛争に関するADR手続、(3) 労働紛争に関するADR手続等が存在しており、紛争の具体的な内容・性質等に応じて、これらについても併せて検討すべきである。また、実際に発生した紛争を法的に解決する場合には、弁護士・法律事務所等に速やかに相談することが薦められる。
- 1. ラオス国内の人民裁判所への訴訟提起
- (i) 裁判官・検察官・書記官・鑑定人等の忌避の権利の通知
- (ii) 弁論において当事者に認められる権利の告知
- (iii) 裁判長による事件の概要の報告
- (iv) (被告が訴状の内容を否認し又は原告が答弁書の内容を否認した場合)弁論の実施
- (v) 検察官の意見陳述
- ・ 裁判所が、職権で調査及び証拠の収集を行う権限を有する。
- ・ 検察官が、民事手続であっても訴訟手続の関係者とされており、訴状の検証、忌避の要請、証拠の提出、異議の申立、争点に関する意見陳述等の権限を有する。
- 2. ラオス国外の裁判所が下した判決のラオス国内での承認・執行
- (i) ラオスが加盟している外国判決の執行に係る国際条約の加盟国の裁判所が、当該外国判決を作成したこと
- (ii) 当該外国判決の正式のラオス語訳が、作成されていること
- (iii) 当該外国判決が、ラオス人民共和国の法令に矛盾しないこと
- (iv) 当該外国判決が、ラオス人民共和国の主権に悪影響を及ぼさないこと
- 3. ラオス国内での経済紛争解決機関による調停・仲裁
- (i) 当該紛争が、経済又は商業に関連していること
- (ii) 紛争当事者が、契約において調停又は仲裁を通じて紛争を解決することについて、自発的に合意したこと
- (iii) 当該紛争が、ラオス人民裁判所において係属しておらず、かつ、ラオス人民裁判所が終局判決を下していないこと
- (iv) 当該紛争が、ラオスの国家の安定、社会保障、公の秩序及び環境に関する法令違反に関係するものでないこと
- (1) 手続の開始
- (2) 調停手続
- (i) 当事者が合意に達した場合
- (ii) 正当な理由なく当事者の一方又は双方が調停に参加することを懈怠した場合
- (iii) 当事者が合意に達しない場合
- (iv) 当事者が相続人なく死亡した場合
- (3) 仲裁手続
- (i) 当事者が当該紛争を仲裁で処理することについて合意をしていない場合、又は、かかる合意が取り消された場合
- (ii) 仲裁廷の構成が、当事者の合意又は法令に従っていない場合
- (iii) 仲裁手続が、当事者が契約上合意した経済紛争の解決についての法令を遵守していない場合
- (iv) 仲裁廷に提出され仲裁判断の基礎とされた情報・証拠が偽造された場合、又は、仲裁廷が金銭・財産・その他の不正の誘引となるものを受領した場合
- (v) 当該紛争が、本法の適用範囲外の紛争である場合
- (vi) 仲裁判断が、当事者の請求を超え、又は、請求に満たない場合
- (4) 調停合意・仲裁判断等の執行
- (i) 当該紛争解決が、法令及びラオスが加盟している国際条約に従って、適切に実施されたこと
- (ii) 当該紛争解決が、ラオスの国家の安定、社会の平和及び環境を危険にさらすものではないこと
- (5) 経済紛争解決機関による調停・仲裁の利用可能性
- 4. ラオス国外で下された仲裁判断のラオス国内での承認・執行
- (i) 当該仲裁判断の当事者が、ニューヨーク条約の加盟国に国籍等を有すること
- (ii) 当該仲裁判断が、安全保障・社会秩序・環境に関して、ラオスの憲法及び法令に矛盾しないこと
- (iii) 当該仲裁判断に基づき執行を受けることになる当事者が、ラオス国内に、不動産、資産、事業、持分、預金その他の資産を有していること
ラオス国内で生じた紛争に巻き込まれた外国人及び外資系企業は、ラオス国内の人民裁判所に訴訟を提起することが可能である。
ラオスの人民裁判所の主な組織は、①最高人民裁判所、②高等裁判所、③県裁判所及び市裁判所、④郡裁判所並びに⑤軍事裁判所である。原則として三審制がとられており、一般に郡裁判所が第一審となる場合は県/市裁判所が控訴審、高等裁判所が上告審となり、県/市裁判所が第一審となる場合は高等裁判所が控訴審、最高裁が上告審となる。
ラオスの人民裁判所における民事訴訟第一審の手続の概略は以下のとおりである 。
ラオスにおける民事訴訟第一審手続は、原告が、管轄権を有する裁判所に訴状を提出することにより開始する。訴状を受け取った裁判所の書記官は、訴状を検査し、訴状が適切である場合には、事件番号が付されて、60日以内に被告に召喚状が送達される。召喚状に従って被告が裁判所に出頭した場合、被告に訴状が渡され、答弁書の提出期限が定められる。被告は、答弁書の提出とともに反訴を提起することも可能である。この場合、被告は、反訴状を、答弁書と同時又は答弁書の後に提出する。
訴状・答弁書(反訴がある場合には反訴状)を受け取った裁判所は、事件を検討する。証拠が不十分であると判断した場合、裁判所は、①当事者に証拠の提出を求め、②当事者及び証人を出頭させて尋問し、③現場を検証し、④鑑定人に証拠を鑑定させ、⑤必要に応じて押収・差し押さえを行う等、職権で必要な調査及び証拠の収集を行う。証拠が十分であると判断した場合、法廷での審判を行うために、その期日を決定し、当事者・証人等に召喚状を送達する。
また、当事者が証拠を提出して以降、法廷での審判が開始されるまでの間、裁判手続と平行して調停手続を進めることができる。この調停において当事者間で合意が成立した場合には、調停合意についての記録が作成され、合意に基づいて裁判所は執行命令を発する。
法廷での審判における主な手続は、以下のとおりである。
法廷での審判の後、裁判所は関連する証拠を評価し、意見の投票を行い、判決を作成する。作成された判決は、法廷において裁判長により読み上げられる。
以上が、ラオスの人民裁判所における民事訴訟第一審の手続の概略である。ラオスの民事裁判手続は、日本の裁判制度と比べ、以下の点に鑑みると、真実発見の要請が強いといえよう。
上記の民事手続第一審に提起された民事事件が、一年以内に解決される割合は、事件全体の10%以下とみられており、本稿執筆現在における裁判手続の進行・完了は迅速とは言い難く、訴訟手続が長期化するリスクが少なからずあると考えられる。また、現地の弁護士等の法曹関係者からの聞き取りによると、ラオスの人民裁判所においては汚職が存在しているようであり、常に公平な判断が下されるとは言い難い状況にあるといえよう。
ラオス国内で生じた紛争に巻き込まれた外国人及び外資系企業が、ラオス国外の裁判所に訴訟を提起して判決を取得した後に、かかる判決についてラオスの人民裁判所から承認を受けてラオス国内で執行するという法的手続(その実効性は別として)が存在している。
日本を含むラオス国外の裁判所が下した判決(以下「外国判決」という。)を、ラオス国内において執行するためには、ラオスの人民裁判所において当該外国判決が承認される必要がある。2012年に改正された民事訴訟法(13/NA、2012年7月4日。以下「改正民事訴訟法」という。)は、外国判決が人民裁判所において承認されるための要件を規定しており、その概要は、以下のとおりである。
加えて、ラオスの裁判所は、当該外国判決がラオス裁判所の管轄権に属する事項について判断している等の場合、当該外国判決を承認しないことができる旨が、改正民事訴訟上定められている。したがって、外国判決を承認するか否かについてラオスの裁判所は広い裁量権を有していると考えられる。
また、外国判決の承認の申立てを受理したラオスの裁判所は、当該外国判決について陳述させるため、当該外国判決の執行の対象となる者を、承認に関する裁判手続に呼び出す旨が規定されている。
これらの規定からすると、外国企業にとって、ラオス国外の裁判所で判決を取得するという方法が最善の選択肢となる場合は極めて限られると思われる。
ラオスにおける経済紛争の調停・仲裁の手続は、経済紛争解決に関する法律(06/NA、2010年12月17日。以下「経済紛争解決法」という。)に規定されている。以下の手続及び規律は、同法に基づき記載する。
経済紛争解決法に基づく調停・仲裁を行う機関は、中央においては、司法省が管轄する経済紛争解決センターであり、地方においては、各県の司法局が管轄する経済紛争解決事務所である(以下、両者を合わせて「経済紛争解決機関」という。)。
経済紛争解決法が調停又は仲裁の対象としている「経済紛争」とは、契約違反又は生産若しくは事業活動から生ずる、ラオス国籍又は外国籍の法人間、法人・個人間、個人間の利害対立と定義されている。かかる経済紛争を、経済紛争解決機関を利用して、調停・仲裁を通じて解決するための要件の概要は、以下のとおりである。
かかる調停・仲裁の手続における言語は、紛争当事者により契約上定められるか、又は、別途合意されない限り、ラオス語が用いられる。ラオス語を理解できない当事者又は手続参加者は、ラオス語の通訳者を通じて自身の国語又はその他の言語を用いることができる。紛争当事者を代理する代理人の資格については、経済紛争解決法上、制限は定められていない。
経済紛争の調停・仲裁は、解決を求める当事者が、申立書及び添付書類を、利便性があり当事者が相互に承諾できる地に所在する経済紛争解決機関に提出することにより開始する。経済紛争解決機関の所在地について当事者間に合意が存在していない場合には、紛争が生じた地に所在する経済紛争解決機関に再度申立てをすることができる。
経済紛争解決機関は、申立書の受領から7日以内に、申立書を確認し、当事者を呼び出す。当事者が、正当な理由なく呼び出しに応じない場合、当該申立ては無効を宣言される。
当事者は、経済紛争を解決する方法として、(2) 調停手続、又は、(3) 仲裁手続を選択することができる。以下、両手続の規律について、順に検討する。
調停人の人数は、1人以上の奇数名である。調停人は、司法省が指名した経済紛争解決機関の者又は経済紛争解決機関の推薦により司法省が指名した者が候補者として記載されている調停人・仲裁人リストの中から選任されなくてはならない。当事者が調停人の人数に合意した場合、当事者は、かかる合意の日から15日以内に、調停人を選任する。調停人が3人以上の場合は、各当事者がそれぞれ等しい人数(例:3名の場合は、各1名づつ)の調停人を選任する。当事者による選任がなされない場合、経済紛争解決機関が10日以内に、調停人を選任する。調停人が3人以上の場合は、これまでに選任された調停人が、最後の1名の調停人を選任し、この者が合議体の長となる。
調停は、調停人が指名された日から15日以内に、当事者又はその代理人が出席して行われる。調停は、以下の場合に終了する。
調停の期間については、法定されていないが、2016年5月に経済紛争解決センターを訪問した際に担当官に確認をしたところ、全件の約80%が3~4ヶ月で終了しているとのことであった。
また、調停により紛争を解決することができない場合、当事者は仲裁による解決を提案することができる。この場合、当該調停の調停人は、仲裁廷を構成することはできない。また、当事者間で仲裁による解決に合意が成立しない場合、当事者は、当該紛争をラオス人民裁判所に提訴することができる。
仲裁人の人数は、3人以上の奇数名である。仲裁人の選任手続は、上記3.(2) の調停人の選任手続と同様である。
当事者は、仲裁廷に対して紛争に関する情報及び証拠を提出しなければならない。仲裁廷は、当事者が提案し又は合意した情報・証拠を調査することができる。情報・証拠の正確性を判断するために必要がある場合には、仲裁廷は、専門家を召喚することができる。仲裁廷は、証拠が十分であると認める場合、仲裁判断を作成する前に、追加の理由・証拠を提出させる機会を与えるために、当事者を呼び出さなければならない。
当事者は、仲裁手続期間中、自身の権利・利益を防御するため、仲裁廷に対して、資産の差押え・押収を求めることができ、仲裁廷は、必要と認める場合、ラオス人民裁判所に対して、7日以内に命令を発するように求めることができる。
また、紛争当事者は、仲裁判断が下される前までの間、当該紛争を解決するための合意をすることができる。かかる合意は、書面によってなされ、かつ、両当事者、仲裁廷及び仲裁が行われた経済紛争解決機関の長が当該書面に署名することが必要である。かかる合意は、仲裁廷による仲裁判断と同一の効力を有する。
仲裁判断は、当事者又はその代理人の面前で読み上げられなくてはならない。もし、正当な理由なく紛争の一方当事者が読み上げの機会に出席しない場合には、当該仲裁判断は、判断が下された日又は当事者に告げられた日に効力を生ずる。
仲裁による経済紛争解決は、原則として、仲裁廷が選任された日から3ヶ月以内に完了しなければならない。証拠の収集その他に鑑みて紛争が特に複雑な場合、経済紛争解決機関は当事者に対して、遅延の理由を告知しなければならない。2016年5月に経済紛争解決センターを訪問した際に担当官に確認をしたところ、多くの仲裁案件が、概ね1年以内には完了しているとのことであった。
当事者は、以下のいずれかに該当する場合には、仲裁判断を受領した日から45日以内に、ラオス人民裁判所に対して、仲裁判断についての不服申し立てをすることができる。
経済紛争解決手続の結果である①調停合意、②仲裁判断前の合意、③仲裁廷による仲裁判断の第一の執行方法としては、これらが成立した後15日以内に、当事者自身が自発的に履行することとされている。一方当事者が期間内にその履行を怠った場合、不利益を受ける他方当事者は、ラオス人民裁判所に対して、執行命令の発行を申し立てることができる。ラオス人民裁判所は、かかる申立てを受けてから15日以内に、執行命令の発行について判断しなければならない。かかる判断においては、ラオス人民裁判所は、以下の点を検討する。
上記に照らして①、②又は③の実施が適切だと判断した場合、ラオス人民裁判所は、執行決定を発する。かかる決定は直ちに効力を生じ、これを上級審で争うことはできない。
①、②又は③が法令に違反していると判断する場合には、ラオス人民裁判所はこれを認証しない。この場合、当事者は、(a) 当該紛争の再度の仲裁を行うため経済紛争解決機関に申立てを行うか、又は、(b)ラオス人民裁判所に提訴することができる。
2016年5月に経済紛争解決センターを訪問した際に、経済紛争解決機関による事件の処理件数を担当官に問い合わせたところ、以下の表中に記載された内容の回答を得た。
国内案件 | 国際案件 | |
2010年 | 24件 | 12件 |
2011年 | 35件 | 19件 |
2012年 | 28件 | 12件 |
2013年 | 15件 | 8件 |
2014年 | 20件 | 9件 |
2015年 | 3件 | 12件 |
これによると、経済紛争解決機関は、国際案件について年間10件前後の処理をしており、一定の国際案件の処理能力があると考えられる。
また、同担当官によると、調停案件のうち約80%が3~4ヶ月で終了し、多くの仲裁案件が概ね1年以内には完了しているとのことであり、手続の遅延のリスクはラオス国内での裁判手続よりは低いと考えられる。
ただし、懸念点としては、調停人・仲裁人の経験不足を挙げることができる。特に、経済紛争解決法上、指名可能な調停人・仲裁人は、調停人・仲裁人リストに搭載された者に限定されており、その他の者を選択することができない。
実務的には、上記の懸念点もあり、外国投資家が、ラオス国内の調停・仲裁手続を、契約書において積極的に紛争解決方法として定めることは、現時点ではそれほど多くないと思われる。
ラオスは、外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(以下「ニューヨーク条約」という。) に加盟しているため、日本を含むニューヨーク条約の締約国である他の国において下された仲裁判断に基づいて、ラオス国内において債務者の財産に対して強制執行をすることが認められうる。
経済紛争解決法によると、ラオス国外の仲裁機関による仲裁判断で、ラオスの人民裁判所の認証を受けたものは、ラオス国内における執行が認められうる。かかる認証の可否は、ラオス人民裁判所が、以下の要件に照らして判断する。
ラオスの人民裁判所において外国仲裁判断が承認され、その認証を受けた後の執行手続については、原則として、ラオス国内で下された判決・仲裁判断と同様の手続が法定されている。
結論として、これまでのところ、ラオスに投資をしている外国投資家は、その事業に関する重要な契約書における紛争解決方法としては、シンガポールのSIAC(Singapore International Arbitration Centre:シンガポール国際仲裁センター)や香港のHKIAC(Hong Kong International Arbitration Centre:香港国際仲裁センター)等、ラオス国外における仲裁を選択する場合が多かったのではないかと思われる。
以上