シンガポールにおけるM&A・組織再編
2022年12月更新
シンガポールにおけるM&Aの手法としては、大きく分けると、1.株式取得、2.新株発行、3.合併、4.事業譲渡が考えられます。以下では、これらの手法及び関連する手法の概要について紹介します。
1.株式取得
⑴ 上場企業の株式を取得する場合は、公開買付の方法によりますが、非公開会社の株式を取得する場合は、既存の株主から発行済株式を直接取得する方法による必要があります。
⑵ 株式の譲渡を行う際には、まず株式売買契約(share purchase agreement。一般的には、「SPA」と呼称されます。)を締結するのが通常です。また、非公開会社の株式の譲渡を行う際には、売主は、株式譲渡証書(share transfer instrument)を対象会社に提出することが定款上求められることも通常です。
なお、この株式譲渡証書は、株式売買契約書とは別に作成されます。
⑶ 株式の権利移転は、対象会社の株主名簿に買主が株主として記載された時点で、その効力が生じます。株主名簿は、ACRA(Accounting and Corporate Regulatory)で管理され、株式譲渡の通知を受けた対象会社が、ACRAに株式の譲渡通知を届け出ることによって、株主名簿の書換えが行われます。
⑷ 株式譲渡に対して反対する株主がいる場合は、株式売渡請求を行うこともあります。株式売渡請求とは、一定の要件を満たした買収者が、反対株主から強制的に株式を取得する請求をいいます。具体的には、買収者による買収の提案から4か月以内に、対象会社の株式(自己株式及び買収開始時に買収者が保有していた株式は除かれます)を90%以上保有する者が買収者による株式取得を承認し、承認から2か月以内に反対株主に通知することにより、買収者は、原則として、反対株主から株式を取得することができます。
2.新株発行
⑴ シンガポールにおいて新株を発行するに際しては、原則として、株主総会の普通決議が必要です。
⑵ この株主総会決議の承認は、特定の新株発行に対して個別に行うのみならず、将来発行する新株に対して、包括的に行うことも可能です。また、この承認の効力は、株主総会決議後、最初に開催される定時株主総会の終了時まで継続します。
3.合併
⑴ シンガポールの会社法では、2つ又はそれ以上の会社を合併して1つの会社とする方法として、①吸収合併(合併当事会社の1つに消滅会社の権利義務の全部を承継させる合併)、②新設合併(新設会社に消滅会社の権利義務の全部を承継させる合併)、③略式合併(親会社が完全子会社を吸収合併する場合等における簡易な手続による合併)の制度が定められています。これらの制度を用いることによって、当事会社は、スキーム・オブ・アレンジメント(本稿⑷以下で紹介)で要求される裁判所の許可なくして、対象会社の権利義務を包括的に承継させることができます。
なお、会社法の合併に関する規定は、合併当事会社が全てシンガポールで設立された会社である場合にのみ適用されます。
⑵ 合併の具体的な要件は、会社法215B条から215G条 までに規定されています。略式合併を除く上記の合併の手続の概要は以下のとおりです。
- (i) 合併提案書の作成。
- (ii) 各合併当事会社の取締役会による、①当該合併が当該会社の最善の利益になる旨の決議、及び当該会社及び存続会社の支払能力証明書の作成。
(当該決議に賛成した各取締役は上記の支払能力に関して宣誓書に署名をする必要があります) - (iii) 合併決議の少なくとも21日前までに、①合併当事会社の株主に合併提案書の写し等を送付、②合併当事会社の一定の債権者に合併提案書の写しを送付、及び③合併提案書の写し等の日刊英字新聞への公告。
- (iv) 各合併当事会社の株主総会の特別決議による合併提案書の承認。
- (v) 合併に関する書類をACRAに提出。
- (vi) ACRAが合併通知を発行。
⑶ 合併は、合併通知に記載された日に効力が生じます。
⑷ 合併に類似した制度として、スキーム・オブ・アレンジメント(Scheme of Arrangement。「SOA」)があります。SOAは、対象会社が主導となって会社の組織を変更する制度であり、SOAを用いたM&Aにおいては、買収者が対象会社の既存株主に対して、①現金を支払い又は②買収者の新株を発行し、対象会社が既存株式を消却し対象会社の新株を買収者に発行することにより、対象会社を買収者の子会社とすることが可能です。SOAは対象会社を中心として行われる手続ですので、買収者が友好的に対象会社の全株式を取得しようとする場合に利用されることが多いと思われます。
⑸ SOAをM&Aに用いる場合の一般的な手続の概要は以下のとおりです。
- (i) 当事会社間でSOA実施契約を締結。
- (ii) SOAに関する株主総会招集につき裁判所へ申立て、裁判所命令の取得。
- (iii) 命令に従い招集された株主総会において、議決に加わった出席株主の頭数の過半数かつ出席株主の総議決権の株式価値の75%以上の賛成。
- (iv) 裁判所の許可の取得。
- (v) 裁判所の許可の写しをACRAへ提出。
4.事業譲渡
⑴ 事業譲渡は、会社の全部または一部の事業または資産を譲渡する手続であり、譲り渡す事業や資産を個別に決めることができる点に特色があります。その譲渡の方法によっては、他の手法と同様の効果が得られます。たとえば、会社の事業の全部を他の会社に移転させる場合は、吸収合併を行ったのと同様の効果が、また、会社の事業の一部を新たに設立した会社に移転させる場合には、新設分割と同様の効果がそれぞれ得られます。
⑵ シンガポール会社法160条には、会社がその事業又は資産の全部又は実質的に全部を譲渡する場合には、取締役は、会社の定款の規定にかかわらず、株主総会の承認を得る必要がある旨規定されています。また、株主総会の承認手続に加え、個別の資産譲渡はいわゆる特定承継であり、個々の資産ごとに権利移転手続をとることが必要になります。
以上