トルコにおけるM&Aについて
平成29年12月10日更新
- 1.はじめに
- 2.トルコにおけるM&Aストラクチャーについて
- (1) 株式・持分譲渡
- ア 概要
- イ 対象会社の法人形態による手続の差異
- ウ 外国人投資家特有の手続
- エ トルコ競争保護法に基づく手続
- (2) 資産譲渡・事業譲渡
- (3) その他のM&Aストラクチャー
- 3.投資環境の改善を図る法律(法6728号)について
トルコ進出を志向する日系企業の選択肢には、大きく分けて、独資で現地拠点を設置する方法と、既存の現地法人を買収する方法の2つが存在します。
このうち、独資で現地拠点を設置する方法を採用すれば、日系企業が現地拠点に係る意思決定を自由に行うことができ、現地での事業活動等によって得た利益も独占することも可能になりますが、現地顧客基盤や物流ルートが未整備であったりする場合には、現地法人のM&Aを通じたノウハウの吸収がより現実的な選択肢になります。
トルコにおけるM&Aのストラクチャーとしては、主として①株式(持分)譲渡、②資産譲渡・事業譲渡、③会社分割、④合併の4つの手法が存在しています。
トルコにおいては、2011年から2012年にかけて、新トルコ共和国商法(法6102号)、新債務法(法6098号)、新資本市場法(法6362号)に代表されるM&A法制の刷新が行われました。
本稿では、トルコにおけるM&Aのストラクチャーのうち、最も典型的な①株式(持分)譲渡及び②資産譲渡・事業譲渡について概説した後、昨年のアップデートである投資環境の改善を図る法律第6728号についてご紹介致します。
株式・持分譲渡は、対象会社の株式・持分を取得する最も簡便な手続である一方、日本国内におけるそれと同様に、対象会社の法的リスク・税務リスク等を取り込むことになる点でデメリットが存します。
トルコにおける代表的な設立形態には株式会社と有限責任会社がありますが(両者の違いについては「トルコにおける拠点設置について」をご参照ください)、対象会社がいずれの形態であるかによって、株式・持分譲渡の方法も異なってきます。
まず、株式会社における株式譲渡手続は、当該株式会社の発行株式が無記名株式か記名株式かによって、さらに細かく区別されます。例えば、無記名株式の譲渡は株券の交付のみで行うことができますが、記名株式の譲渡は株券の交付及び裏書によって行われるのが一般的です。また、記名株式の譲渡については、定款に譲渡制限規定を設けて制限することができます。なお、株式会社における株式譲渡は、株主名簿に記載される必要があります。
これに対して、有限責任会社では、出資者の持分が化体した株券を発行することは認められていません。従って、持分を譲渡する場合には持分譲渡契約を書面で締結し、かつ、署名の公証手続を経る必要があります。また、定款に別段の定めがある場合を除き、出資者総会の譲渡承認を得なければなりません。なお、有限責任会社における持分譲渡は、商業登記簿に登記される必要があります。
トルコは資本自由化が進んでいるため、外資規制をクリアするために別段のスキームを構築する必要性は比較的小さいと言えますが(トルコの外資規制については「トルコにおける外資規制及び投資インセンティブについて」をご参照ください)、外国人投資家がトルコ企業の株式を取得する場合には、当該取得日から30日以内に外国投資総局に事後報告を行う必要があることには、留意すべきです。
トルコにおいても、日本の独占禁止法と同様の観点から、トルコ競争保護法(法4054号)に基づく規律が存在しており、買収や合併等により、市場における競争を阻害し、その結果、市場支配的地位を確保し又は強化することが禁じられています。そして、買収等を行う事業者が一定の市場シェアや売上高の基準を満たす場合は、トルコ競争法委員会に事前に届け出たうえで、承認を得なければなりません(無届の企業結合は無効とされます)。
すなわち、①当事会社のトルコ国内の売上高の合計が1億トルコリラ超で、2つ以上の当事会社のトルコ国内の売上高の合計が3000万トルコリラ超である場合、②当事会社の全世界での売上高を基準として、当事会社のうち1つの全世界売上高が5憶トルコリラ超で、他の当事会社のうち1つのトルコ国内売上高が500万トルコリラ超である場合は、前記の事前届出を行う必要があります。
また、2013年のトルコ競争委員会による企業結合の要件の改正により、従来存在していた届出が免除される例外事由が廃止され、上記の届出要件を満たす場合には、常に届出が必要である点には、注意が必要です。
資産譲渡の方法を用いる場合には、不動産・知的財産・契約などの個別の譲渡対象資産の性質に適合した法律及び手続に従って個々の資産を譲渡する必要があるため、M&Aを通じて引き受けることになる法的・税務上のリスクを限定できるメリットがある一方、株式・持分譲渡と比べて取引コストや事務処理の負担が増大する可能性があります。
これに対して、事業譲渡の方法を用いる場合には、日本における事業譲渡と異なり、事業に関する資産・負債を一括して移転させる包括承継手続であり、引き受けリスクを限定することが原則としてできないことに留意しておく必要があります。また、譲渡人及び譲受人は、新債務法(法6098号)に基づいて、譲渡日から2年間は、譲渡対象事業に関する負債について連帯責任を負うことになりますので、注意が必要です。
上記に述べたほかにも、理論的には、日本の会社法における合併(新設合併・吸収合併)や会社分割(新設分割・吸収分割)に相当する手続等を活用したM&Aストラクチャーも想定され得るところです。もっとも、その場合には、日系企業が当該合併手続において消滅会社となるべき現地法人を有していること等が念頭に置かれているため、M&Aを通じて新たにトルコでビジネスを開始する場合には用いられることが少ないストラクチャーであるということが言えます。
2016年8月9日、投資家の取引コスト削減を目的として、投資環境の改善を図る法律(法6728号)が施行されました。
従前、トルコでは印紙税による取引コストが問題視されていました。すなわち、トルコ印紙税法は、①課税対象文書を契約当事者の署名が付された文書(電子署名が付された電磁的記録を含む)である旨を規定して広く捕捉し、②複数の契約書原本が作成された場合は、原本毎に印紙税を課す仕組みを設け、③税率自体も比較的高率で(取引価格に対して0.948%)、④課税対象文書に署名した契約当事者は連帯納付義務を負うとされる等、企業収益に小さくない影響を与えていました。
しかし、投資環境の改善を図る法律の施行によって、①株式(持分)譲渡に係る契約について課税が免除されることとなったほか、②契約書原本を複数作成した場合でも1通のみに課税されることになり、M&A取引における印紙税の負担が軽減されることになりました。
このような今般の改正は、トルコにおける投資上の問題点を改善するものであり、日系企業による対トルコ投資の一助になると考えられます。
以上