ベトナムにおける知的財産権

2016年12月31日

 ベトナムは、WTO(世界貿易機構)に2007年に加盟し、これに先立つ2005年に、知的財産権の保護に関するTRIPs協定に整合させるために、知財関連の規定を体系的に整理統合した知的財産法を制定した(2006年施行)。この知的財産法は、発明(特許及び実用新案)、工業意匠、商標、著作権、営業秘密に対する権利、及び不正競争防止を包含する法律である。そして、ベトナムの国家知的財産庁(NOIP)が知財行政全般を所管している。国際条約についても、WIPO設立条約、ベトナムは、パリ条約、ベルヌ条約、特許協力条約(PCT)、マドリッド協定を批准している。このように、ベトナムの知財に関する法整備は、ASEAN諸国の中では比較的進んでいる。

 もっとも、ベトナムでは、近年の度重なる法改正に執行機関が追いつかず、また、従来から、模倣品や海賊版が巷に溢れており、知財産保護が十分でない国として、米国通商代表部(USTR)の普通監視国リストに長年リストアップされている。

 なお、ベトナムにおける知財関連の出願件数を見ると、特許が4447件(内国人487件、外国人3960件)〔2014年〕、商標が27913件(内国人21204件、外国人6719件)〔2010年〕、意匠が1730件(内国人1207件、外国人523件)〔2010年〕、実用新案が209件(内国人125件、外国人84件)〔2010年〕である。

 以下、知的財産権のうち特に重要な商標、特許、著作権について解説を行う。また、ベトナム知的財産法には、営業秘密の保護及び不正競争防止についても規定されていることから、これらについてもここで解説する。

  1. 1.商標権
  2. (1) 権利の内容
  3.  商標とは、異なる組織または個人の商品若しくはサービスを識別するために使用される標識である。

     ベトナム知的財産法は、商標登録を受けることができない場合を以下の通り詳細に明記している。

     ・国旗、国章と類似の標章

     ・ベトナムまたは外国の指導者や著名人の名称等と類似の標章

     ・商品またはサ-ビスの質や原産地等について公衆を誤認させる虞がある標章

  4. (2) 出願手続
  5.  商標権は、出願に基づいて付与されるのが原則である。もっとも、ベトナムの知的財産法においては、ベトナムの全域に広く知られた周知商標については、例外的に未登録であっても登録商標と同様の保護が受けられる。

     商標の出願は、NOIPに対して行う。出願人がベトナムに居住していない場合には、ベトナムに在住する代理人を通じて出願しなければならない。出願申請書の記載は、ベトナム語で行わなければならない。

     ベトナムは、先願主義を採用しているので、NOIPに先に出願した者が優先される。NOIPが出願文書を受領した日が出願日となる。海外において先に商標出願がされている標章については、海外での出願日をベトナムでの出願日とすることができる。

     商標の登録審査手続については、出願日から1ヶ月以内に方式審査が行われる。出願から2ヶ月以内に商標が公開される。公開日から9ヶ月以内に実体審査が行われる。登録が不適であると判断されると、出願人に対して拒絶理由が付された登録拒絶通知がなされる。

     それらの審査で登録相当と判断されると、保護証書が付与され、工業所有権国家登録簿に登録される。

  6. (3) 保護期間
  7.  登録商標の保護期間は、出願日から10年間で、その後10年毎の延長が可能であり、延長の回数に制限はない。

     商標権の終了事由として、手数料未納付の他に、5年間不使用が定められているため、注意を要する。

  8. (4) 侵害行為に対する対抗措置
  9.  商標権者は、第三者が、当該商標に係る商品・サ-ビスと同一または類似の商品・サ-ビスについて同一または類似の標識または容器を使用する結果、混同を生じさせる虞がある場合は、その使用を防止する排他的権利を有する。具体的手段としては、行政手続(税関による水際取締や行政摘発申立手続等)、民事手続(損害賠償請求訴訟、差止請求、侵害品の破棄命令)、及び、刑事上の責任追及(最大10億ベトナムドン(約520万3000円)の罰金、6月以上3年以下の懲役。模造品の製造販売について重大なケースでは、無期懲役あるいは死刑を含めた罰則が科されることもある。)がある。その中で、権利救済の迅速性の観点から、行政手続によるケースが大半を占めている。

  10. 2.特許権
  11. (1) 権利の内容
  12.  ベトナムの知的財産法では、特許及び実用新案を包含して「発明」と表現されている。発明とは、自然法則を利用して、特定の課題を解決するための、製品または方法の形態による技術的解決である。

     特許の要件として、新規性、進歩性及び産業上の利用可能性が必要である。

     ただし、知的財産法は、以下の事項について、特許を受けることができないと規定している。

     ・発見、科学の理論及び数学の方法

     ・精神的な行為の遂行、飼育動物の訓練、遊戯、または事業活動に関する計画、規則及び方法

     ・コンピュータ・プログラム

     ・情報の提示

     ・審美的特徴のみの解決

     ・植物の品種、動物の品種

     ・植物及び動物の生産のための本質的に生物学的性質の方法(微生物学的方法を除く)

     ・人間または動物のための疾病予防、診断及び治療方法

  13. (2) 出願手続
  14.  特許は、出願に基づいて付与される。特許権の出願申請書の記載は、ベトナム語で行わなければならない。出願人がベトナムに居住していない場合には、ベトナムに在住する代理人を通じて出願しなければならない。

     ベトナムは、先願主義を採用しているので、NOIPに先に出願した者が優先される。

     必要書類をNOIPに提出すると出願日が付与され、所定の手数料を納付すると、NOIPが方式審査を行う。方式不備がない場合、出願日から19ヶ月後に出願が公報によって公開される。出願人は、出願日から42ヶ月以内に、実体審査の請求を行うことができる。また、所定の手数料を納めることで、早期審査を請求することもできる。実体要件を満たさないと判断された場合には、原則として出願の補正の機会を与えられたうえで、出願拒絶の通知がなされる。この出願拒絶に対しては、不服申立の機会が出願人に与えられている。実体要件を満たすと判断された場合には、NOIPから出願人に対して、特許が付与される。

  15. (3) 保護期間
  16.  特許権の保護期間は出願日から20年である。延長や更新はできない。

  17. (4) 権利の制限
  18.  特許権の付与により、特許権者には、許諾を得ていない者による特許の対象物の生産、使用、販売の申出、販売、及び輸入を禁止または防止する排他的権利が与えられる。特許の対象が方法である場合には、製造等のための直接的または間接的な方法の利用について同様の排他的権利が与えられる。また、特許権者は、当該特許を譲渡等する権利やライセンス許諾契約を締結する権利を有する。

  19. (5) 侵害行為に対する対抗措置
  20.  特許権者の許諾を得ていないで、特許対象物や特許を受けた方法により直接的・間接的に得られた物の生産、使用、販売の申出、販売、輸入をすること、または特許を受けた方法を使用することは、特許の侵害となる。

     特許が侵害された場合、特許権者は、具体的手段としては、行政手続(税関による水際取締や行政摘発申立手続等)、民事手続(損害賠償請求訴訟、差止請求、侵害品の破棄命令)がある。その中で、権利救済の迅速性の観点から、行政手続によるケースが大半を占めている。

  21. 3.著作権
  22. (1) 権利の内容
  23.  ベトナム知的財産法において、著作権とは、組織または個人により創出されまたは所有される著作物に対する権利と定義されている。また、同法は、著作物の種類として、文学的著作物、美術的著作物及び科学的著作物があるとし、その例示として、演説著作物、ジャーナリズム著作物、音楽・演劇・映画の著作物、美術・写真の著作物、建築著作物、地図著作物、コンピュータ・プログラム及びデータ編集著作物が挙げられている。

     また、著作物の脚色、翻訳、翻案、要約、編曲等の改作物や編集物も、二次的著作物として著作権による保護を受ける。ただし、二次的著作物は、原著作物を侵害しないときにのみ保護される。

     他方で、通信目的のみの情報、法務分野の書類及びそれらの公定翻訳文、並びに工程・システム・操作方法・定義・原理・統計については、著作権の保護は及ばない。

     著作権には、人格権(譲渡ができない著作者固有の権利)及び所有権(譲渡可能な経済的権利)を含み、具体的内容は以下のとおりである。

    ① 人格権

     ・著作物を命名する権利

     ・実名または筆名を著作物に入れる権利

     ・著作物を公表する権利

     ・著作物の改作等に対して異議を唱える権利

    ② 所有権

     ・二次的著作物を創作する権利

     ・著作物を公衆に実演する権利

     ・著作物を複製する権利

     ・著作物を公衆に頒布・伝達する権利

     ・映画の著作物またはコンピュータ・プログラムの原本または写しを貸し渡す権利

     また、ベトナム知的財産法には、職務著作に関する明文規定があり、職務上創作された著作物については、別段の合意がない限り、使用者に命名権及び氏名表示権以外の著作権が帰属するとされている。

     著作権者は、第三者に著作財産権の使用を許諾することができる。この場合、許諾を受けた者は、著作権者に使用対価を支払う必要がある。

     その他、著作物について、実演、録音、録画、放送等を行った者についても、著作者隣接権が認められる。

  24. (2) 保護のための手続
  25.  著作物は、その様式、表現形式、内容、質及び目的の如何を問わず、その創作の事実のみにより保護され、登録手続等を要しない。

  26. (3) 保護期間
  27.  著作権のうち、人格権の一部である命名権、氏名表示権、及び同一性保持権は無期限に保護される。その他の権利については、映像・写真・応用美術・匿名の著作物は、最初の公表から75年間、その他の著作物は、著作者の死後50年間保護される。 

  28. (4) 権利の制限
  29.  著作権には、排他的な権利が認められるものの、以下の場合には、著作者に許諾を得ず、かつ、無報酬で、著作物を使用できる。ただし、著作物の名称及び著作物の出所を表示しなければならない。

     ・研究目的での単一の写しの作成

     ・説明のための合理的な引用

     ・報道のための引用

     ・学校教育目的の引用

     ・研究目的での図書館における複製

     ・文化振興集会や宣伝キャンペーンにおける無料実演

     ・公表情報等の記録・報道

     ・紹介目的での美術作品等の放映

     ・点字等への翻訳

     ・個人使用のための著作物の写しの輸入

  30. (5) 侵害行為に対する対抗措置
  31.  著作権侵害に対しては、著作権者は、具体的手段としては、行政手続(税関による水際取締や行政摘発申立手続等)、民事手続(損害賠償請求訴訟、差止請求、侵害品の破棄命令)、及び、刑事上の責任追及(最大10億ベトナムドン(約520万3000円)の罰金、6月以上3年以下の懲役。模造品の製造販売で重大なケースでは、無期懲役あるいは死刑を含めた罰則が科されることもある。)がある。その中で、権利救済の迅速性の観点から、行政手続によるケースが大半を占めている。

  32. 4.営業秘密の保護
  33. (1) 保護の要件 
  34.  営業秘密として保護されるための要件は、

     ・共通の知識でなく、容易に取得されるものでもないこと

     ・業として使用されるときは、それを所有または使用しない者よりもその所有者に対して有利性を与えることができること

     ・それが開示されず、容易に入手できないよう必要な措置を講じて、その所有者が秘密を保持していること

    である。

     他方で、以下の情報は、営業秘密として保護されない。

     ・個人的地位の秘密

     ・国家管理の秘密

     ・安全保障及び国防の秘密

     ・事業に無関係な他の秘密保持情報

  35. (2) 営業秘密の侵害行為への救済手段
  36.  営業秘密に対する侵害行為があった場合、その営業秘密の保有者は、すでに述べた他の知的財産権侵害の場合と同様の民事救済及び行政的救済手段をとることができる。

     そして、以下の行為は、営業秘密に対する権利の侵害であるとみなされる。

     ・営業秘密の管理者による秘密保持措置に反する行為をなすことにより、営業秘密の具体的情報を入手すること

     ・営業秘密所有者の許可なしに営業秘密の具体的情報を開示・使用すること

     ・秘密保持契約に違反すること

     ・営業秘密を入手、取得・開示するために秘密保持担当者を欺罔等すること

  37. 5.不正競争行為
  38. (1) 不正競争行為の定義
  39.  ベトナム知的財産法においては、以下の行為が不正競争行為として規制されている。

     ・事業体、事業活動または商品・サービスの商業的出所について、混同を生じさせる商業的表示を使用すること

     ・商品またはサービスの原産地、生産方法、特徴、品質、数量、若しくはその他の特質について、または商品若しくはサービスの提供条件について、混同を生じさせる商業的表示を使用すること

     ・ベトナム国が締約国である国際条約の締約国において保護された標章を使用すること

     ・保護された他人の商号若しくは標章、または何人も使用する権利を有していない地理的表示と同一または混同を生じる程に類似するドメイン・ネームを、当該ドメイン・ネームを所有する目的で、または関係標章、商号及び地理的表示の名声及び営業権から利益を得るか若しくはそれらを害する目的で、使用する権利を登録し若しくは所有し、または使用すること

     なお、ベトナムにおいては、知的財産法の他に、ベトナム競争法によっても不正競争行為が規制されており、この法律では、以下の行為が不正競争行為と定義されている。

     ・混同を生じさせる表示

     ・営業秘密の侵害

     ・営業の強制

     ・他人の営業の信用毀損

     ・他人の営業の妨害

     ・不正競争を目的とする宣伝

     ・不正競争を目的とするプロモーション

     ・団体による差別

     ・不法なマルチ商法

  40. (2) 不正競争行為に対する規制
  41.  不正競争により損害を被ったか、または被るおそれのある者は、科学技術省監査局または競争管理局に対し、他の知的財産侵害の場合と同様の民事救済及び行政的救済を求めることができる。

以上