カンボジアにおける遺言・遺留分について

令和3年6月更新

 カンボジア王国の遺言及び遺留分の制度は、1999年から開始した日本の法整備支援を受けて起草されたカンボジア民法により定められたものであるため、日本の遺言制度・遺留分制度と類似している点が少なくありません。類似点としては、例えば、一般的な遺言の方式として、自筆による遺言(私製証書遺言)、公正証書遺言、秘密証書遺言の3種類を認めていたり、一定の相続人に遺留分を認め、その範囲を被相続人の配偶者、直系卑属、父母・祖父母とするなどが挙げられます。

 本稿では、カンボジアの遺言制度のうち、遺言能力、遺言の方式、遺言で定めることができる事項、遺言の取消し、遺言の検認、及び、遺言執行者について、カンボジアの遺留分制度のうち遺留分権利者、遺留分算定の基礎となる財産、遺留分減殺の方法、及び、遺留分減殺請求権の消滅について解説します。

1.遺言能力

 成年に達した者は、遺言をすることができます。また、未成年者であってもカンボジアの裁判所が親権又は未成年後見からの解放を宣言した者、及び、婚姻により親権又は未成年後見から解放された者は、遺言をすることができます。

 また、遺言者は、遺言をするときに、遺言能力を有していなければなりません。

2.遺言の方式

 カンボジア民法は、全部で7種類の遺言の方式を定めています。そのうち4つは、遺言者が特殊な条件を充たす場合に限り、遺言の作成が認められます(一般被後見人の遺言、死亡危急者の遺言、被収容者等の遺言、口がきけない者等の遺言)。これらを除いた一般的に利用可能な遺言の方式は、以下の3つです。

  • 公正証書による遺言
  • 私製証書による遺言
  • 秘密証書による遺言

⑴ 公正証書による遺言

 公正証書による遺言とは、遺言者が、公証人の面前で、以下の方式に従ってする遺言です。

  • ① 2人以上が証人として立ち会うこと。
  • ② 遺言者が、公証人に対し、遺言の趣旨を口授すること。
  • ③ 公証人が、遺言内容を筆記し、この内容を遺言者及び公証人に読み聞かせること。
  • ④ 遺言者及び証人が、筆記が正確であることを承認し、その後、これらの者が、公正証書に氏名・年齢・住所を記載した上で、各自署名すること。
  • ⑤ 最後に、公証人が、日付を記載して署名すること。

⑵ 私製証書による遺言

 私製証書による遺言をする場合、遺言者が、遺言の全文及び日付を自筆し、かつ、遺言に署名をすることが、要件とされています。したがって、他人による代筆や、タイプなどの機械を用いて作成した私製証書による遺言は、無効となりますので、注意が必要です。

⑶ 秘密証書による遺言

 秘密証書による遺言をする場合、まず、遺言者は、遺言を記載した証書に署名をします。

 次に、当該証書を封じ、封じた箇所に署名やイニシャルの記載など開封の有無を判断できる措置を施します。

 その後、当該封書を、公証人1名及び証人2人以上の面前に提出し、①自己の遺言書であること、及び、(自己以外の者が筆記した場合)②筆者の氏名・住所を申述します。

 最後に、公証人が、当該証書を提出した日付及び遺言者の申述を封紙に記載し、その後、遺言者及び証人がこれに署名することで、完成します。

3.遺言事項

 カンボジア民法に定められている遺言で定めることができる主な事項は、以下のとおりです。

  • 相続分の指定
  • 遺産の分割方法の指定
  • 遺贈
  • 相続人に対する財産の譲渡
  • 遺言執行者の指定

上記に加え、遺言者は、遺言書に、家族の調和を図るための意見やその他の事項を記載することができます。

4.遺言の取消し

 遺言は、上記3の遺言の方式に従って、その全部または一部を取り消すことができます。

 また、以下の場合には、遺言は取り消されたものとみなされます。

  • 前の遺言と後の遺言とが抵触するとき
  • 遺言者が、生前に、遺言の目的物に関し、譲渡その他の行為をしたとき
  • 遺言者が、故意に、遺言の原本を破棄したとき
  • 遺言者が、故意に、遺言の目的物を破棄したとき

 遺言者は、かかる遺言の取消権を放棄することはできません。

5.遺言の執行

⑴ 遺言の検認

 遺言書の保管者は、相続の開始を知った後遅滞なく、当該遺言書をカンボジアの裁判所に提出して、遺言の検認を申立てなければなりません。遺言書の保管者がない場合には、相続人その他の利害関係人が遺言書を発見した後は、同様に遅滞なく当該遺言書を裁判所に提出して検認を申立てることが必要です。

 日本と同様に、公正証書による遺言については、検認は必要ありません。

⑵ 遺言執行者

 遺言執行者は、遺言の執行に必要な一切の行為をする権限を有する者です。

 遺言執行者は、遺言によって指定することができ、また、遺言によってその指定を第三者に委託することもできます。また、遺言執行者が存在しないとき、又は、存在しなくなったときは、裁判所は、相続人又は利害関係人の請求により、遺言執行者を選任することができます。

 遺言執行者の職務の主な内容は、相続財産の財産目録の作成、相続財産の管理、遺言の内容の実現(執行)です。

 遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産に対する管理処分権を失い、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げる行為をすることはできません。

 遺言執行者がその職務として行った行為は、直接相続人に対して効力が生じます。

 遺言執行者は、正当な事由があるときは、裁判所の許可を得て、その任務を辞することができます。また、遺言執行者が、その任務を怠ったとき、その他正当な事由があるときは、利害関係人は、裁判所に対し、遺言執行者の解任を申立てることができます。

6.遺留分

⑴ 遺留分権利者

 被相続人の直系卑属又は父母若しくは祖父母及び配偶者は、遺留分として次の財産を取得することができます。

  • ① 父母又は祖父母のみが相続人であるとき:被相続人の財産の3分の1
  • ② その他の場合: 被相続人の財産の2分の1

⑵ 遺留分算定の基礎となる財産

 遺留分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額に、特別受益の価額及び以下の贈与財産の価額を加え、そこから被相続人の債務の全額を控除して、これを算出します。

  • ① 相続開始前1年間になされた贈与
  • ② 上記①以外の贈与で、贈与の当事者双方が、遺留分権利者に損害を加えることを知って行った贈与

⑶ 遺留分減殺の方法

 遺留分権利者は、自身の遺留分を保持するのに必要な限度で、遺留分減殺の対象となる財産又は利益を得た者に対して、遺贈等の減殺を請求することができます。

 遺留分減殺の対象は、遺贈、遺言による相続分の指定、特別受益、上記⑵の遺留分算定の基礎となる贈与です。

 減殺の順序は、以下のとおりです。

  • ① まず、相続人に対する遺贈と相続分の指定を同時に減殺します。
  • ② 上記①では遺留分を保持するのに不足があるときは、相続人以外の者に対する遺贈を減殺します。
  • ③ 上記②でも遺留分を保持するのに不足があるときは、最も直近になされた贈与又は特別受益から順番に過去に遡って減殺します。ただし、当該贈与又は遺贈が、相続開始の時から20年以上前にされていたときは、受贈者又は特別受益を受けた相続人は、遺留分減殺請求を拒むことができます。

⑷ 遺留分減殺請求権の消滅

 遺留分減殺請求権の消滅時効期間は、①遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき相続分の指定、遺贈、贈与又は特別受益があったことを知ったときから1年間、及び、②相続開始の時から5年間とされています。

 遺留分は、その全部又は一部を放棄することができます。ただし、相続開始前における遺留分の放棄は、裁判所の許可を受けることが必要です。

以上