インドネシアの紛争解決制度について

2015年12月

 日系企業がインドネシアに進出した場合、現地パートナーとの間の紛争やローカル従業員との間の紛争等、様々な紛争に巻き込まれる可能性がある。そのような紛争は、どのような制度を利用して解決するべきであろうか。選択肢として考えられうるものとしては、①インドネシア国内の裁判所での訴訟、②日本を含むインドネシア国外の裁判所での訴訟、③インドネシア国内での仲裁、④日本を含むインドネシア国外での仲裁、⑤その他の裁判外紛争処理手続の利用が考えられる。加えて、これらの紛争解決方法を契約条項等として書面化しておくことはどの程度有益であろうか。本稿では、まず上記①~⑤の紛争解決方法について検討し、次に紛争解決に関連する契約条項等について検討する。

  1. I.紛争解決地・紛争解決方法
  2. 1.裁判所への訴訟提起
  3.  インドネシアに進出した日系企業が法的な紛争解決にあたり裁判所に訴訟提起をする場合、インドネシア国内の裁判所への訴訟提起に加えて、論理的には(実効性は別として)日本の裁判所を含むインドネシア国外の裁判所への訴訟提起も一応は可能である。以下、順に検討する。

  4. 1-1.インドネシア国内の裁判所への訴訟提起
  5.  インドネシアにおいて司法権を行使するのは、最高裁判所及びその下級裁判所である通常裁判所、宗教裁判所、軍事裁判所、行政裁判所並びに憲法裁判所である[1]。このうち通常裁判所の管轄権は、一定の場合を除いて原則として民事事件及び刑事事件に広く及ぶため[2]、日系企業が関係する紛争のほとんどは、通常裁判所が管轄権を有することになると思われる。

     インドネシアの裁判所の多くは三審制を採用しており、通常裁判所に係属した場合、第一審は通常地方裁判所[3]、第二審は通常高等裁判所[4]、第三審は最高裁判所 [5]となる。加えて、一定の要件を満たした場合に既に確定した判決に対して最高裁判所が再度の審査を行う日本の再審請求に類似した制度が設けられている[6]

     通常地方裁判所における民事訴訟第一審の手続の概略は以下のとおりである[7]

     訴訟提起は、原則として、被告の住所地を管轄する地方裁判所に訴状を提出して行う[8]。被告の住所地等が不明の場合は、原告の住所地を管轄する地方裁判所に提起する[9]

     訴状を受理した裁判所は、第一回期日の日時を定めて、当事者を出廷させるために呼出を行う[10]。呼出状は、原則として被告に直接送達されるが、被告の住所地が不明な場合は、呼出状の内容を新聞に掲載して呼び出すことができる。

     適法な呼出にもかかわらず、被告及びその代理人が期日に出廷しない場合、受訴裁判所は、原告の主張を認容する判決を下すことができるが[11]、別の期日を定め[12]又は当該期日を延期することも可能である [13]。実務的には、被告の一度の不出廷で直ちに欠席判決が下されることはほとんどなく、少なくとも一度は別の日程での呼出が試みられる。

     期日に全ての当事者が出廷した場合、裁判所は、まず当事者に対して和解を試みなければならない[14]。和解が成立しない場合に、裁判手続が進行する。裁判手続は、典型的には以下の順序で進められる。

    • 第1回期日:原告が、訴状に基づき請求の内容を陳述する。
    • 第2回期日:被告が、原告の請求に対する認否及び反論を述べる。加えて、関連する反訴を提起することが多い。
    • 第3回期日:原告が、被告の反論及び反訴に対して、再反論を述べる。
    • 第4回期日:被告が、原告の再反論に対して再々反論を述べる。
    • 第5・6回期日:原告が先に証拠調べを実施し、その後の期日で被告側が証拠を提出する。
    • 第7回期日:原告・被告が最終弁論を行う。
    • 第8回期日:裁判所が、判決を言い渡す。

     地方裁判所の手続は、第1回期日から判決の言渡しまでに、概ね6ヶ月から1年程度かかる場合が多い。

     インドネシアにおける民事裁判の注意すべき点は、①控訴・上告される割合が高いこと、②確定した民事判決に対しても司法審査手続という再審類似の請求が認められていること、及び③最高裁判所の未済件数が多いことである。したがって、民事裁判には長期化のリスクが少なからずあると考えられる。

     また、言語については、裁判手続はインドネシア語によって進められるため、外国語で記載された書類・証拠を裁判所へ提出するためには、宣誓をした翻訳者によりインドネシア語への翻訳がなされる必要がある。

     さらに、インドネシアの裁判所については内部の汚職が指摘され続けてきており、現時点においても司法の腐敗が解消されたと判断する材料に乏しいことから、裁判所の判決に基づいて満足のいく紛争解決に至ることは容易ではなく、この点も民事裁判におけるリスクとして念頭におく必要があると思われる。

  6. 1-2.インドネシア国外の裁判所への訴訟提起
  7.  インドネシアの裁判所においては、外国裁判所の判決に基づき強制執行をすることができないとの運用がされている [15]。すなわち、日本企業が、日本の裁判所で勝訴判決を取得したとしても、これに基づく強制執行の申立てがインドネシアの裁判所において認められる可能性は乏しいということである。したがって、新たな訴訟を再度インドネシアの裁判所に提起する必要があり、取得した外国裁判所の判決はその手続における証拠としての効力を有するにとどまることになる。したがって、インドネシアに存在する財産に対する強制執行のためにインドネシア国外の裁判所への訴訟を提起することは、手続として迂遠であり、効果的な手段であるとは言い難いと思われる。

  8. 2.仲裁機関への仲裁の申立て
  9.  上記のとおり、裁判手続は、インドネシア国内における裁判も、インドネシア国外における裁判も、いずれもインドネシア進出企業の最善の選択肢とはいい難い。それでは、仲裁機関による仲裁判断は、インドネシアにおける紛争を解決するために、どの程度有効であろうか。

     インドネシアの仲裁法[16]は、特定の法律関係を有し、かかる法律関係から生じうる全ての紛争を仲裁により解決する旨を明示した仲裁合意を締結した当事者間の紛争解決を規律する[17]

     仲裁法によれば、当事者が仲裁による紛争解決に合意をした場合、当該仲裁合意に拘束されている当事者間の紛争については、インドネシアの地方裁判所は管轄権を有しないとされている[18]
    。したがって、契約上の仲裁合意が有効な仲裁合意として認められれば、原則としてインドネシア国内裁判所の管轄を排除することが可能である [19]

     その他、仲裁法の特徴的だと思われる主な点は、以下のとおりである[20]

    • 仲裁判断の取消の制度[21]が定められており、書面の偽造・重要証拠の隠蔽等限定的な要件を満たす場合には、国内仲裁判断のみならず外国仲裁判断であっても、インドネシア裁判所により取り消されてしまう可能性がある。
    • 仲裁手続において用いる言語は、原則としてインドネシア語とされているが、仲裁人の同意があれば、当事者は異なる言語を選択することができる[22]
    • 仲裁の審理手続は、仲裁人の選定から180日以内に終了しなければならないことが原則であるが、延長することが可能である [23]

     以下では、インドネシア国内仲裁、インドネシア国外仲裁の順に検討する。

    2-1.インドネシア国内での仲裁

     インドネシアの国内で仲裁を行う場合、仲裁機関として利用されることが多いと思われるのは、インドネシア仲裁委員会(Badan Arbitrase Nasional Indonesia、以下「BANI」という。)である。BANIにおいて仲裁を行う場合、仲裁手続は、通常BANIが定めた仲裁手続規則[24]にしたがって進められることになるため [25]、以下のインドネシア国内の仲裁手続は、BANI仲裁手続規則に基づき記載する。

     仲裁手続は、当事者により別途合意されない限り、仲裁廷が構成された日から180日以内で完了するものとされている [26]。代理人について資格の制限は特に定められていないが、インドネシア法を遵守すべき紛争に関する仲裁手続において外国人を代理人とする場合には、インドネシア人弁護士等を伴う場合に限り出廷が認められる[27]

     仲裁人は、原則としてはBANIの仲裁人リストに掲載されている者又はBANIにより認められたADR/仲裁証明書を有する者に限定されているが、紛争の性質上適切な判断のために特別な専門家が必要な場合には、一定の要件を満たした場合にはその者を仲裁人に指名するようにBANIの議長に申し立てることができる[28]。また、当該紛争がインドネシア法を準拠法としている場合には、少なくとも仲裁人のうちの1名は、インドネシア法に詳しい実務家又は法学士でインドネシアに居住する者でなければならない [29]

     言語については、当事者が別途合意をしていない場合には、仲裁廷がインドネシア語を話せない当事者/仲裁人が存在している等の事情を考慮して英語その他の言語の使用が適切とみなさない限り、インドネシア語で行うものとされている[30]。また、仲裁手続に提出又は引用する書類についても、その原本においてインドネシア語以外の言語が用いられている場合には仲裁廷がインドネシア語の翻訳を添付するか否かの判断を行うことが原則であるが、当事者がインドネシア語以外の言語を仲裁手続に用いる合意をした場合には、仲裁廷はインドネシア語で提出された書面に英訳その他の翻訳の添付を求めることができる[31]。また、仲裁判断(Award)は、原則としてインドネシア語で作成されるが、一方当事者が要求した場合又は仲裁廷が適切とみなした場合は英語その他の言語で作成される[32]。仲裁判断の原本が、英語その他インドネシア語以外の言語で作成された場合には、BANIは登録のために公式のインドネシア語訳を作成する[33]

     BANIに提出した仲裁の申立書は、各仲裁人及び他方当事者に提供される[34]。被申立人は、答弁書(Statement of Defense)を30日以内に提出しなければならない[35]。反対請求(Counter-claim)及び相殺の主張は、遅くとも初回の口頭審理(Hearing)までに提出する必要がある[36]。この反対請求及び相殺の主張に対する答弁書は、30日以内又は仲裁廷が適切と考える期間内に提出する必要がある[37]

     当事者からの提出書類を受け取った後、仲裁廷は、独自の裁量により、当該紛争を書類のみに基づいて解決することができるか、又は口頭審理への当事者の出廷の必要があるかを判断する[38]

     被申立人が答弁書を提出しない場合、仲裁廷は、被申立人に対して書面により通知をし、答弁書を提出し口頭審理に出廷するための期間として14日以内の期間を付与する。その後、被申立人が、答弁書を提出せず又は口頭審理に出廷しない場合、仲裁廷は、被申立人に対して答弁書の提出/出廷のための2回目の通知を行う。被申立人が、正当な理由なく2回目の応答を怠った場合、仲裁廷は、申立人が提出した書面・証拠に基づいて仲裁判断を下すことができる[39]

     書証の提出・証言・手続が十分に行われたと仲裁廷が判断した場合、当該紛争についての仲裁手続は終結されるものとされている[40]。仲裁廷は、当事者が別途合意しない限り、仲裁廷が期間を延長することが適切と判断した場合を除いて口頭審理の終結から30日以内に、終局的な仲裁判断を下さなければならない[41]。かかる仲裁判断は、終局的判断であり当事者を法的に拘束する[42]。仲裁人により署名された裁定書は、14日以内に当事者に付与される[43]

     以上が、BANIにおける仲裁手続の概要である。

     BANI等のインドネシア国内の仲裁機関において仲裁判断が下された場合、その日から30日以内に、当該仲裁判断の原本又は謄本を、登録のために地方裁判所に提出しなければならない[44]。BANIで仲裁手続を行った場合には、BANIが裁定書の写しを地方裁判所で登録する[45]。かかる登録を怠った場合には、当該仲裁判断の執行力が失われることになるため注意が必要である [46]

     当事者が自発的にその仲裁判断に従った義務の履行をしない場合、一方当事者の請求により、地方裁判所の命令に基づいて仲裁判断の強制執行をすることができる[47]。かかる執行命令は、執行の申立から30日以内に発せられる[48]。この審理において、地方裁判所は、仲裁判断の根拠となった実体的な理由付けについては審査をせず[49]、主として以下の3つの要件を満たしているか否かを審査する[50]

    1. (1)当事者間の紛争を仲裁をもって解決すること及びその紛争解決権限を授権することが、当事者が署名をした書面において事前に合意されていること [51]
    2. (2)当該仲裁判断の対象とされた紛争が、商事紛争でかつ法令が和解による解決を許容していない紛争でないこと [52]
    3. (3)当該仲裁判断が公序良俗に反するものでないこと[53]
    4. これらの要件を満たしている場合、仲裁判断に執行命令が付記される[54]

     ただし、仲裁判断に法定の取消事由がある場合、地方裁判所により、仲裁判断が取り消されうるため注意が必要である。仲裁判断の取消については、原則としてインドネシア国外仲裁と同一の条項に従って処理されるため、本稿I.2-2(インドネシア国外での仲裁)の該当箇所を参照されたい。

  10. 2-2.インドネシア国外での仲裁
  11.  インドネシアは、いわゆるニューヨーク条約[55]に加盟しているため、日本を含むニューヨーク条約加盟国における仲裁機関[56]による仲裁判断であれば、インドネシア国内において債務者の財産に対して強制執行をすることが認められうる[57]

     加えて、外国仲裁判断がインドネシア国内における承認執行が認められるためには、主として以下の2つの要件を満たす必要がある[58]

    • 当該外国仲裁判断が、インドネシアにおける商業分野の法律の範囲内の仲裁判断であること。
    • 当該外国仲裁判断が、インドネシアの公序に反するものでないこと。

     外国仲裁機関において出された仲裁判断の執行の申立については、中央ジャカルタ地方裁判所が専属管轄を有する [59]。外国仲裁判断の承認・執行の手続としては、まず、当該外国仲裁判断を中央ジャカルタ地方裁判所に提出して登録し[60]、中央ジャカルタ地方裁判所長による外国仲裁判断の執行命令(Exequatur)を取得する必要がある[61]

     承認・執行を拒絶する判断に対しては、最高裁判所に上訴することができ、上訴の申立後、90日以内に判断が下されることになる[62]。他方、承認・執行が認められた場合、上訴をすることはできない[63]

     加えて、インドネシアにおいては、地方裁判所による仲裁判断の取消の制度が存在している[64]。この取消の対象は、国内仲裁判断のみならず外国仲裁判断も含まれており、実際に外国仲裁判断が取り消された先例も存在しているため、注意が必要である。

    法令上定められている取消事由は、以下のとおりである[65]

    • 仲裁判断がなされた後、仲裁手続に提出された書簡、書面が、誤り若しくは偽造と判断され、又は偽造であると宣言された場合。
    • 仲裁判断がなされた後、重要な証拠が、他方当事者によって隠蔽されたことが判明した場合。
    • 仲裁判断が一方当事者による詐欺の結果によってなされた場合。

     仲裁の取消の申立は、仲裁判断の登録から30日以内に、地方裁判所に行う必要があり[66]、かかる申立の受付から30日以内に判断が下され[67]、かかる地方裁判所の判断に対しては、最高裁判所への上訴が可能である[68] 。最高裁判所は、上訴の申立から30日以内に判断をしなければならない[69]

  12. 3.その他の裁判外紛争処理手続
  13.  (1)仲裁法上のADR手続

     仲裁法によると、刑事事件の性質を有しない紛争については、地方裁判所における訴訟手続によらず、協議、交渉、調停、和解等の裁判外紛争処理手続(ADR)を通じて解決をすることができる[70]。仲裁法上定められたADR手続は、裁定手続である仲裁に先立って合意に基づく紛争解決である調停・和解等を行うことを促進する趣旨を有しており、原則として以下の流れで行われることが定められている。

    1. ①ADRは、原則として、紛争当事者が直接交渉することを通じて実施されなければならず、その結果は書面に記載されなければならない[71]
    2. ②14日以内に①の方法で紛争を解決できない場合、当事者の書面による合意に基づき、1名以上の専門家又は調停人の支援を受けて、この者を通じて紛争解決を図ることができる [72]
    3. ③14日以内に②の方法によっても合意に至らなかった場合、当事者は、1名の調停人の選任をADR機関に依頼することができる[73]。かかる調停人が任命された場合、任命後7日以内に調停が開始されなければならない [74]。かかる調停の手続は非公開で行われなければならず、調停開始から30日以内に書面により合意する必要がある [75]

     ADR手続においてなされた書面による合意は、当事者に対する法的な拘束力を持ち、全当事者の署名後30日以内に地方裁判所に登録しなければならない[76]。かかる登録後30日以内に、当事者は合意事項を完全に履行しなければならない [77]

    他方で、上記①②③の手続が功を奏しない場合、当事者の合意により、仲裁機関を通じた紛争解決を試みることができる [78]

     (2)インドネシアにおけるADRの類型と実施機関

    インドネシアにおいて実施されているADRは、伝統的に地域共同体において行われていたADRを除くと、裁判所が関与する(a)民事訴訟手続開始に伴う調停、並びに主として裁判所外で行われる(b)所轄行政機関等によるADR及び(c)民間の機関によるADRに大別することができる。以下、順に解説する。

     (a)民事訴訟手続開始に伴う調停

     民事訴訟第一審手続の第一回弁論期日に両当事者が出席した場合、裁判所は、民事訴訟手続を始める前に、当事者の和解を試みなければならないとされている [79]

     かかる民事訴訟手続開始に伴って裁判所が関与して行う調停手続の概要は、以下のとおりである。

     第一審裁判所に訴えが提起された民事事件は、原則として和解による解決が試みられなければならない [80]。この間、裁判所は、当事者に調停手続の機会を与えるため、民事手続の審理を停止しなければならない[81]

     当事者は、①当該訴訟を担当する裁判官以外の裁判官、②弁護士若しくは法律学者、③当事者が争点に関する専門的知識若しくは経験を有すると認める者等の中から、調停人を選択することができるが[82]、上記当事者が出頭した期日から2日後までに当事者間で合意をする必要がある [83]。当該合意ができなかった場合、裁判長は、一定の裁判官のうち当該訴訟を担当する裁判官でない者を指名して調停を行わせる [84]

     各当事者は、調停人を選択した後5日以内に、事件の書類を提出する[85]

     調停は、第一審裁判所内の一室又は当事者が合意したそれ以外の場所で行うことができる[86]

     調停において合意が成立した場合、当事者は、合意の内容を書面化し、当事者双方及び調停人が署名をして、和解合意書を作成する [87]。この場合、当事者双方は、指定された期日に、裁判官の面前で、和解合意書の内容を伝えなければならない[88]。当事者は、和解合意書を裁判官に提出して司法的な強制力を付与するように求めることができる [89]。当事者がかかる司法的強制力の付与を望まない場合は、和解合意書に、訴え取下げに関する条項/訴訟が完結したことを表明する条項を記載しなければならない [90]

     調停の手続は、原則として、当事者が調停人を選択した後、40日を超えて行うことができないが[91]、当事者の合意により14日を超えない範囲で延長することができる[92]

     上記の期間を経過しても当事者が合意を成立させることができない場合、又は当事者が調停期日に2回連続で出頭しない等の場合には、調停人は調停が不調であった旨の書面を作成して、裁判官に調停の不調を報告しなければならない[93]。かかる報告を受けた裁判官は、直ちに民事訴訟の審理を続行する[94]

     (b) 所轄行政機関等によるADR

     労使紛争、消費者保護、環境等の分野においては、それぞれ個別の法令に基づいて所轄の行政機関等が実施するADR制度が存在している。

     労使紛争については、労使紛争解決法[95]
    において紛争解決の手続が定められている。同法に基づく斡旋は労働移住省の地方局の斡旋人により、調停は労働移住省の地方局に登録されている調停人により、仲裁は労働移住大臣により任命された仲裁人によりそれぞれ行われるとされている [96]

     消費者保護の分野に関する紛争については、消費者保護に関する法律[97]等に基づき、各地方政府機関により消費者紛争解決委員会(BPSK[98])が設置されることとされており、個人が申立てた紛争事件については、当事者はBPSK による調停か、訴訟かの手続を選択することができる。かかる調停手続においては、BPSKは法的拘束力のある判断を行うことができる。

     環境に関する紛争については、環境管理に関する法律[99]等に基づき、環境問題を取り扱う紛争解決機関が設置され、調停及び仲裁を実施することとされている。

     (c) 民間の機関によるADR

    インドネシアにおける民間のADR機関としては、(i)インドネシア商工会議所(Indonesian Chamber of Commerce & Industry)等のいわゆる業界団体により設立されたADR機関と、(ii)NGO等の独立性の高い機関により運営されているものが存在している。前者の例としては、インドネシア商工会議所により設立されたインドネシア仲裁委員会(BANI)及びインドネシア資本市場仲裁委員会(Indonesian Capital Market Arbitration Board)があり、後者の例としては、インドネシア・メデイエーション・センター(PMN[100])及びインドネシア紛争解決機関(Indonesian Institute for Conflict Transformation)があり、それぞれの分野の紛争についてADRに関するサービスを提供している。

    II.紛争解決に関する契約条項

  14. 1.裁判管轄条項
  15.  契約当事者が契約書に合意管轄条項を定めた場合、一般的にインドネシアの裁判所はかかる管轄合意に拘束力を認める場合が多いようであり、実務上も裁判管轄条項を定める例が存在している[101]

  16. 2.仲裁条項
  17.  契約当事者は、当事者間で生じ又は将来生じる可能性のある紛争を、仲裁により解決することを合意することができる [102]。仲裁により解決することができる紛争は、商事紛争及び法令に基づき紛争当事者が有する権利に関する紛争に限られる [103]

     このような仲裁合意については、紛争発生前に当事者間で作成された契約書面において定められる仲裁条項の形式を採る場合が多いと思われるが、当事者間で作成された契約書とは別の仲裁合意書の形式で紛争発生後に作成することも可能である[104]。後者については、原則として当事者により署名された書面による合意である必要があるが[105]、当事者が署名できない場合には、公正証書により作成しなければならず[106]、これらの書面には①紛争事項の詳細、②当事者の氏名・住所等の法定事項が記載されている必要がある[107]

     かかる仲裁合意に拘束されている当事者間紛争については、インドネシアの地方裁判所は管轄権を有せず [108]、書面による仲裁合意の存在は当該合意に含まれている紛争解決を裁判所を通じて求める当事者の権利を排除し[109]、裁判所は原則として仲裁により決定された紛争の解決を拒絶するものと規定されている [110]

     なお、仲裁条項に不備がある場合には、時間とコストをかけて有利な仲裁判断を得たにもかかわらず、結局執行できないといった事態を招く可能性もあるため、安易に他国案件での契約書における仲裁条項を流用するのではなく、インドネシア法の知識を有する専門家等のアドバイスを受けてドラフティング等を行うことが肝要である。

  18. 3.準拠法条項
  19.  契約当事者による準拠法の選択は有効であると一般に解されており、多くの契約類型において、インドネシア法以外の法を合意に基づいて契約準拠法として選択することが可能であると考えられる[111]

    以上                                                           



[1] 1945年インドネシア共和国憲法(UNDANG-UNDANG DASAR NEGARA REPUBLIK INDONESIA TAHUN 1945)第24条第2項。なお、インドネシアの憲法裁判所は、憲法違反の申立て等を審理し一審限りで判決が確定する特別な裁判所であり、最高裁判所を頂点とする裁判所の系列からは独立したものとして設置されている。

[2] 通常裁判に関する法律1986年第2号(最終改正2009年第49号。UNDANG-UNDANG REPUBLIK INDONESIA NOMOR 49 TAHUN 2009 TENTANG PERUBAHAN KEDUA ATAS UNDANG-UNDANG NOMOR 2 TAHUN 1986 TENTANG PERADILAN UMUM。以下「通常裁判所法」という。)第50条。

[3] 通常裁判所法第50条。

[4] 通常裁判所法第51条第1項及び第2項。

[5] 通常裁判所法第3条第2項。

[6] 最高裁判所に関する法律1985年第14号(UNDANG-UNDANG REPUBLIK INDONESIA NOMOR 14 TAHUN 1985 TENTANG MAHKAMAH AGUNG)第28条第1項第c号、第34条、第66条以下。

[7] 以下の手続の概略は、Juwana, Hikmahanto. Dispute Resolution Process in Indonesia. Institute of Developing Economies,2003によった。なお、以下の記載は、理解のための簡略化したモデルとして手続を記載したものであり、実際の事件では、当事者の数や事案の難易に応じて手続が異なりうる点には留意されたい。

[8] 改正インドネシア手続法(Herziene Indonesisch Reglement。以下「HIR」という。)第118条第1項。なお、HIRは、ジャワ島及びマドゥラ島において適用される民事手続法であり、それ以外の地域では、域外手続法(Rechtsreglement voor de Buitengewessen)という別の法律が適用される。本項では、日本企業の関心が強いと思われるジャワ島を適用対象とするHIRを引用した。

[9] HIR第118条第3項。

[10] HIR第121条。

[11] HIR第125条第1項。

[12] HIR第126条。

[13] HIR第127条。

[14] HIR第130条第1項。和解が成立した場合、和解調書が作成され、これは判決と同一の効力を有するものとされ(同条第2項)、これに基づき強制執行をすることができる。ただし、実務上はかかる和解の制度は活用されておらず、和解が成立する場合は少ないようである。

[15] 福井信雄「インドネシアにおける強制執行、民事保全及び担保権実行の法制度と運用の実情に関する調査研究」30頁によると、ガイドラインとして利用されているオランダ民事手続法(Reglement op de Rechtsvor-dering)第436条において外国判決の執行力は認められない旨の規定があり、実務上はこの規定を参照して、外国判決に基づいてインドネシアの裁判所に強制執行の申立てをしても、その申立てが認められることはない、とされている。

[16] 仲裁及び裁判外紛争解決に関するインドネシア共和国法律1999年30号(UNDANG-UNDANG REPUBLIK INDONESIA NOMOR 30 TAHUN 1999 TENTANG ARBITRASE DAN ALTERNATIF PENYELESAIAN SENGKETA。以下「仲裁法」という。)

[17] 仲裁法第2条。同条には「仲裁地がこの国の領域内にあるときにのみ本法を適用する」といったUNCITRALモデル法に見られる限定が付されておらず、仲裁合意において仲裁地をインドネシア国外と規定しても仲裁法が適用されうる点には注意が必要である。

[18] 仲裁法第3条。

[19] ただし、かかる仲裁法第3条の規定にもかかわらず、有効な仲裁合意が存在している場合であってもインドネシアの裁判所が自らの管轄を認めて判決を下した先例が存在している点には注意を要する。

[20] 本稿執筆時点の仲裁法は、国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)の制定したモデル法をベースにした法律とはなっていないため、本文で指摘した点以外についても、条文の内容には特に注意を払う必要があると思われる。

[21] 仲裁法第70条~72条。

[22] 仲裁法第28条。

[23] 仲裁法第48条。

[24] Peraturan Prosedur Arbitrase Badan Arbitrase Nasional Indonesia(以下「BANI仲裁手続規則」という。)。http://www.baniarbitration.org/ina/procedures.php(2015年12月2日最終アクセス)

[25] BANI仲裁手続規則第2条。

[26] BANI仲裁手続規則第4条第7項。

[27] BANI仲裁手続規則第5条第1項及び第2項。

[28] BANI仲裁手続規則第9条第1項及び第2項。

[29] BANI仲裁手続規則第9条第5項。

[30] BANI仲裁手続規則第14条第1項。なお、前記仲裁法28条によれば当事者はインドネシア語以外の言語を選択するためには仲裁人の同意が要件とされているが、BANI仲裁手続規則第14条第1項の文言に照らすと、BANIの仲裁手続においては、当事者が別の言語の使用を合意した場合、仲裁人が同意を与えず当事者の合意に反してインドネシア語での仲裁手続を強制することは難しいのではないかと解される。

[31] BANI仲裁手続規則第14条第2項。

[32] BANI仲裁手続規則第14条第4項。

[33] BANI仲裁手続規則第14条第4項。

[34] BANI仲裁手続規則第16条第1項。

[35] BANI仲裁手続規則第17条第1項。

[36] BANI仲裁手続規則第17条第3項。

[37] BANI仲裁手続規則第17条第4項。

[38] BANI仲裁手続規則第19条第1項。

[39] BANI仲裁手続規則第21条第2項。

[40] BANI仲裁手続規則第23条第7項。

[41] BANI仲裁手続規則第25条第1項。

[42] BANI仲裁手続規則第32条。

[43] BANI仲裁手続規則第31条。

[44] 仲裁法第59条第1項。

[45] BANI仲裁手続規則第31条。

[46] 仲裁法第59条第4項。

[47] 仲裁法第61条。

[48] 仲裁法第62条第1項。

[49] 仲裁法第62条第4項。

[50] 仲裁法第62条第2項。

[51] 仲裁法第4条。

[52] 仲裁法第5条。

[53] 仲裁法第62条第2項。

[54] 仲裁法第63条。

[55] 外国仲裁判断の執行及び承認に関する条約(Convention on the Recognition and Enforcement of Foreign Arbitral Awards)昭和36 年 7 月 14 日条約第 10 号。

[56] 実務上、外国仲裁機関として選択されることが多いのは、地理的にインドネシアに近く、信頼性が高いといわれているシンガポール国際仲裁センター(Singapore International Arbitration Centre)と思われる。

[57] 仲裁法第66条第a号

[58] 仲裁法第66条第b号及び第c号。

[59] 仲裁法第65条。

[60] 仲裁法第67条第1項。

[61] 仲裁法第66条第d号。

[62] 仲裁法第68条第2項及び第3項。

[63] 仲裁法第68条第1項。

[64] 仲裁法第70条~第72条。

[65] 仲裁法第70条第a号~第c号。

[66] 仲裁法第71条。

[67] 仲裁法第72条第3項。

[68] 仲裁法第72条第4項。

[69] 仲裁法第72条第5項。

[70] 仲裁法第6条第1項。

[71] 仲裁法第6条第2項。

[72] 仲裁法第6条第3項。

[73] 仲裁法第6条第4項。

[74] 仲裁法第6条第5項。

[75] 仲裁法第6条第6項。

[76] 仲裁法第6条第7項。

[77] 仲裁法第6条第8項。

[78] 仲裁法第6条第9項。

[79] HIR130条。裁判所における調停手続に関するインドネシア共和国最高裁判所規則2008年第1号(PERATURAN MAHKAMAH AGUNG REPUBLIK INDONESIA NOMOR 01 TAHUN 2008 TENTANG PROSEDUR MEDIASI DI PENGADILAN。以下「最高裁調停規則」という。)第7条第1項。

[80] 最高裁調停規則第4条。

[81] 最高裁調停規則第7条5項。

[82] 最高裁調停規則第8条第1項。

[83] 最高裁調停規則第11条第1項。

[84] 最高裁調停規則第11条第5条。

[85] 最高裁調停規則第13条第1項。

[86] 最高裁調停規則第20条第1項。

[87] 最高裁調停規則第17条第1項。

[88] 最高裁調停規則第17条第4項。

[89] 最高裁調停規則第17条第5項。

[90] 最高裁調停規則第17条第6項。

[91] 最高裁調停規則第13条第3項。

[92] 最高裁調停規則第13条第4項。

[93] 最高裁調停規則第18条第1項。

[94] 最高裁調停規則第18条第2項。

[95] 法律2004年第2号。

[96] 労使紛争の具体的な解決手続については、弁護士法人マーキュリー・ジェネラルのウェブサイトの国際コンテンツ-インドネシア内の拙稿「インドネシアでの労務管理について」Ⅴ.労使間の紛争解決方法を参照されたい。

[97] 法律1999年第8号。

[98] Badan Penyelesaian Sengketa Konsumenの略。

[99] 法律1997年第23号。

[100] Pusat Mediasi Nasionalの略。

[101] ただし、外国裁判所の管轄とすることに合意し、かかる合意管轄条項に従って外国裁判所で判決を取得したとしても、インドネシアの裁判所ではそのまま執行することができず、再度、インドネシアで訴訟を提起する必要がある点には留意が必要である。

[102] 仲裁法第7条。

[103] 仲裁法第5条第1項。

[104] 仲裁法第1条第3号。

[105] 仲裁法第9条第1項。

[106] 仲裁法第9条第2項。

[107] 仲裁法第9条第3項。

[108] 仲裁法第3条。

[109] 仲裁法第11条第1項。

[110] 仲裁法第11条第2項。

[111] ただし、外国法を準拠法として選択した場合であっても、インドネシアでの裁判を紛争解決方法として定めた場合、実際の裁判において、インドネシア裁判所は、当事者の準拠法選択を無効と判断し、インドネシア法を適用した先例 が存在しているため、留意が必要である。